それでも、もう一度恋をしてみたいと思った。

「人を好きになるのが、こわいんです」

 それが、初めてカウンセラーに会ったときに、私が言った言葉だった。

 大学4年。就職活動もうまくいかなくて、毎日が灰色だった。
 でも、それ以上に苦しかったのは、人を信じることができなくなっていたこと。
 きっかけは、2年前の失恋だった。

 付き合っていた彼は、いつも私を肯定してくれた。
 「君は大丈夫だよ」って、ことあるごとに言ってくれた。
 私は、それを信じていたし、心のよりどころにしていた。

 でも、ある日突然、彼の口から出た言葉は──

「他に好きな人ができた」

 その一言で、私の足元は崩れた。

 あんなに優しかった人が、こんなふうに冷たくなれるんだ。
 その後、何度も「ごめん」と謝られたけど、私はただうつむいて頷くことしかできなかった。

 別れたあと、自分のすべてが否定された気がした。
 顔も、声も、性格も、価値観も、全部「選ばれなかった」ものなんだと思った。

 それ以来、人と深く関わるのが怖くなった。

 LINEを返すのも遅くなった。
 笑ってる自分が、嘘くさく感じた。
 「好き」って言葉が、なんだか遠いものになった。

 そんなとき、大学の卒業研究でチームを組むことになったのが、涼介だった。

 彼は、目立つタイプではなかったけど、ノートにびっしりメモを取る人で、
 発表練習では、必ず「大丈夫、ちゃんと伝わってる」って私の話を受け止めてくれた。

 最初は、ただの信頼だった。
 でもある日、帰り道に彼がぽつりと言った。

「前に、人に裏切られてから、ずっと怖かったんだ。でも……君と話すと、それが薄れてく」

 その言葉が、自分の心にそっくりそのまま響いて、私は初めて「わたしだけじゃなかったんだ」って、
 思えた。

 その日から、私は少しずつ変わっていった。

 無理に笑わなくてもいい。
 怖いときは、「怖い」って言ってもいい。
 そして、それでも一緒にいてくれる人は、ちゃんといるんだって、思えるようになった。

 涼介とは、特別な関係にはならなかった。
 卒業とともに、彼は地元に帰り、私は東京に残った。

 でも、最後に送ってくれたメッセージは、今もスマホに残ってる。

「君が誰かを信じられるようになったなら、それは君の強さだよ。俺じゃなくても、きっと誰かがその手を握ってくれる」

 恋とは言えない関係だった。
 でも、彼との時間は、確かに私の中に何かを残してくれた。

 そして私は、もう一度だけ──誰かを信じてみようと思えた。

 怖くても、傷ついても、それでも。
 「好き」って気持ちは、きっと、何かを育ててくれる。

 だから私は、今もまだ、一人で生きてるけど、
 心のどこかで、次に誰かを好きになる日を、ちゃんと待ってる。

 あの頃より、少しだけ胸を張って。