高校の時から一人でふらっと入るのが好きだった、駅前のあの古いカフェ。
飾りっ気のない木のテーブルと、店内に流れる静かなジャズ。
大学生になっても、空きコマの合間に本を読んだりレポートを書いたり、静かに時間を過ごせるその場所は、なんとなく居場所みたいになっていた。
彼と初めて言葉を交わしたのも、そこだった。
きっかけは、お互いが同じタイミングで席を取り合ってしまったこと。
「…あ、ごめん。どうぞ」
「いや、そっちが早かったですよ。俺、こっちでも大丈夫なんで」
どちらが先かなんて、本当にどうでもよかった。
けれど、そのひとことで少しだけ笑い合って、そのまま向かい合う形で座った。
それから、何度か同じ時間帯にそのカフェで会うようになって。
彼はいつも、パソコンで何か作業していて、私は文庫本やレポートに向かっていた。
最初は気まずいかなと思っていたけど、不思議と空気が合っていた。
「…また会いましたね」
「うん、偶然多いね」
そんなやりとりが2回、3回と重なるうちに、自然と名前を知って、好きな本の話や、大学の話、住んでいるエリアまで少しずつ話すようになった。
彼の名前は悠馬(ゆうま)さん。
一つ年上で、美大の建築学科に通っているらしかった。
「課題が終わらなくてカフェに逃げてきた」と笑う彼の笑顔に、私はどんどん惹かれていった。
でもそれが、恋なのかどうか、すぐにはわからなかった。
初めて一緒にカフェの外に出た日、空気は少しだけ春の匂いがしていて。
「じゃあまた、どこかで」って言った彼に、「うん」としか返せなかったのが、どうしてか今でも心に残ってる。
そのあと、私の方から「来週また空き時間があるんですけど、よかったら」ってメッセージを送って、ようやく初めて、ちゃんとした“約束”を取り付けた。
緊張しすぎて前日は眠れなかった。
髪型も服も、何度も鏡の前で確認して。
カフェで顔を合わせるのとは違う、“会いに行く”という行為のハードルが、思っていた以上に高かった。
そして迎えたその日――
「なんか、いつもと雰囲気違うね」
彼はそう言って、ちょっとだけ優しい顔をした。
「緊張してるの、バレてます?」
「うん、ちょっとだけ」
笑われたのが悔しくて、「じゃあ悠馬さんもちゃんと緊張してください」って返したら、「してるよ。めちゃくちゃ」って、思わぬ言葉が返ってきた。
その瞬間、心臓が変な音を立てた。
その日は特別なことはなにもなかった。
一緒にランチして、ぶらぶらと街を歩いて、またカフェでお茶して。
でも、私はあの1日を、今でもたぶん一生分の恋しさで覚えてる。
ただ、距離が縮まったようでいて、どこかに壁も残っていた。
彼は卒業間近で、就職先も決まっていて、春からは関東を離れると言っていた。
だから、私は怖くて、最後まで「好き」って言えなかった。
それでも、彼がいなくなる前に、あのカフェで最後に会おうとメッセージを送った。
「ラストカフェ、付き合ってくれますか?」って。
彼はすぐに「もちろん」って返してくれた。
その日、カフェはいつも通り静かで、でも二人の会話はほとんどなくて。
最後に彼が席を立ったとき、私は言おうとした。
「――あのね、」
でも、言葉は喉の奥で震えて、結局「元気でね」しか出てこなかった。
彼は何かを悟ったように、「うん、ありがとう」って言って、微笑んだ。
春になって、彼はもうこの街にいない。
でも、私は今でもそのカフェに時々通ってる。
同じ席、同じ空気、同じジャズ。
あの日の「言えなかった好き」が、今でもそこに座ってる気がして。
あの時もう少し勇気があったら。
そう思うけど、きっと私の中では、このままでよかったのかもしれない。
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