あの頃の私は、何をしても自信が持てなくて、いつも誰かと比べてばかりいました。
大学3年の夏、就活の波に飲まれ、周りの子たちがインターンや面接でキラキラしていく中、私はただ焦ってばかり。
ゼミでも発言できず、レポートに何時間もかけても納得できない。
どんどん小さくなる自分が嫌で、誰にも弱音を吐けずにいたある日のことでした。
「〇〇さん、今度のゼミのグループ、同じだね」
声をかけてきたのは、同じゼミの藤野くん。
サークルでは人気者で、いつも冗談ばっかり言ってるけど、実は誰よりもまわりを見てる人。
苦手じゃないけど、なんとなく近寄りがたくて、あまり話したことはありませんでした。
それなのに、やけに自然な笑顔で話しかけられて、私はちょっと驚いたまま「うん、よろしくね」と返すのが精一杯だった。
そこから、グループワークが始まりました。
藤野くんは、意外なくらい真面目で、丁寧に意見をくれて、私の考えにもちゃんと耳を傾けてくれた。
「なんかさ、〇〇さんのアイデアって、すごく芯があるよね」
「え、そうかな…自信ないんだけど」
「いや、あると思うよ。伝えるのが苦手なだけで、ちゃんと考えてるの、分かる」
その言葉を聞いたとき、心のどこかがストンとほどけた気がした。
“伝えるのが苦手なだけ”──その一言が、私にとってどれだけ救いだったか。
ずっと「できない」「足りない」って思っていたのに、「伝わってる」って言われたのは初めてだった。
その日から、少しずつ世界が変わって見えるようになりました。
藤野くんとは、ゼミのあとに話すことが増えて、授業外でもカフェで課題をしたり、たまに一緒に帰ったり。
彼の話すことは不思議と心にすっと入ってきて、気づけば私はその時間を待ち遠しく思っていた。
「また会えるかな」と思うようになった頃、彼の方から言ってくれました。
「〇〇さんといると、自然でいられるんだ。もしよかったら、今度ふたりでどこか行かない?」
心臓がドクンって跳ねた。
「もちろん」と答えながら、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
初めてのデートは、美術館。
静かな空間で、並んで同じ絵を見て、ちょっとしたことで笑い合って。
「こんなふうに過ごす時間が、こんなに大事に感じるなんて」
そんな風に思えたのは、藤野くんが初めてだった。
帰り道、少し冷たい風の中で、彼がぽつりと言った。
「あのとき、〇〇さんがあんまり自分に自信なさそうだったの、なんか気になっちゃって」
「俺、どうしても伝えたかったんだ。君は、ちゃんといいとこたくさんあるよって」
その言葉に、また私は救われた。
「ありがとう。あの一言で、本当に人生が変わったかもしれない」
そう伝えると、彼はちょっと照れながら「そんな大げさな」と笑った。
でも、あれは大げさなんかじゃなかった。
あの一言がなかったら、私はまだ“何者でもない自分”に悩み続けていたと思う。
恋って、いきなり訪れるものじゃなくて、誰かの言葉が少しずつ心に染み込んでいって、
それがやがて「好き」に変わっていくのかもしれない。
今も、彼と並んで歩くたびに、ふと胸の奥があたたかくなる。
そして私は、あの日の藤野くんの言葉を、今度は誰かに届けられる人になりたいと思う。