大学4年の夏、ひとりで旅に出た。
就活も終わって、内定も決まって。
でも、なんだか心が落ち着かなくて、ふと地元から電車で5時間ほどの温泉地に向かった。
特に目的はなかった。
古い町並みをぶらぶら歩いて、夜は旅館でのんびりできたらそれでいいと思ってた。
到着して2日目の午後。
観光案内所の前で、地図を開いて困っている人が目に入った。
「…もしかして、道、分かりません?」
声をかけた自分に驚いて顔を上げたのは、同じくらいの年齢に見える女の子だった。
「あ、ちょっと迷ってて…」と苦笑いするその顔に、なぜか親近感がわいた。
「俺も観光中なんで、よかったら一緒に回ります?」
その日、一緒に地元の名所を回った。
名を美咲というその子は、東京の大学生で、就活を終えたご褒美に一人旅に来たんだと言った。
「こんなふうに、知らない人と観光するなんて思わなかった」
「俺も、旅先で人に話しかけるなんて初めて」
自然に笑い合えて、気づけば夕方になっていた。
「また明日も、よかったら一緒にまわらない?」と彼女が言ってくれて、
次の日も、そのまた次の日も、俺たちは行動を共にした。
夏の終わりの空はどこか寂しくて、でもその時間は不思議とあたたかかった。
3日目の夜。
旅館の前まで送ったとき、彼女が急に言った。
「…あと2日で帰るんだ」
「そっか。俺も同じくらい」
しばらく黙ったあと、彼女がぽつりとつぶやいた。
「もし、ここが地元だったら…もっといろんなところ、案内してもらいたかったな」
思わず、肩を引き寄せてそっと抱きしめた。
浴衣ごしに伝わる体温と、微かに感じた石けんの匂い。
すぐに手を離したけど、彼女も何も言わずにうなずいてくれた。
その夜、川沿いの橋の上で並んで花火を見た。
花火が終わっても、言葉はなかった。
でも、手をつないだままの感触が、すべてを語っていた。
旅の終わり、駅のホームで彼女が言った。
「好きにならないつもりだったのに、なってたみたい」
別れ際、ほとんど反射的にキスをした。
それ以上のことはしなかった。たぶん、それでよかった。
「ありがとう。忘れないよ」
それが、彼女の最後の言葉だった。
帰りの電車で、彼女からのLINEが届いた。
「また、どこかで会えたらいいな」
それから会うことはなかったけど、
この恋は、今でもふとしたときに思い出す。
ちゃんと始まらなかったからこそ、ずっと心に残ってるのかもしれない。
“ひと夏だけの恋”って、ほんとにあるんだなって、初めて思えた。
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