別れることが決まっていた恋、それでも愛せてよかったと今なら思える恋愛体験談

「卒業したら、地元に帰るんだ」
彼がそう言ったのは、まだ春の匂いが残る5月の夕方だった。
大学3年の私と、4年生の彼。ほんの1歳違いなのに、その一言が遠く感じたのを覚えてる。

彼とは、大学のゼミで知り合った。
最初は目立つ存在でもなかったけど、どんな議論でも冷静に意見を言える人で、気づいたらいつも目で追っていた。

グループ研究でペアになったことがきっかけで、自然とLINEをするようになって。
「次の発表、やばいかも(笑)」
「大丈夫、俺がなんとかするよ」
そんなやりとりが、いつのまにか夜の電話になって、終電近くまで一緒に図書館で資料を探した日もあった。

初めてふたりで外に出かけたのは、ゼミの打ち上げ帰りの帰り道。
「このあと、ちょっとだけ話さない?」って誘ってくれて、大学近くの小さな公園で、缶コーヒーを飲みながら話した。

「好きなんだけど、どうしよう」
って、そんな彼らしい不器用な告白に、私は自然と笑って「私も、だよ」って返していた。

でも、そんな幸せな時間に、ずっと影のようにまとわりついていたのが「別れの期限」だった。

彼は卒業したら、実家のある九州に戻って、家業を継ぐことが決まっていた。
大学入学時から決めていた道。だからこそ、変えられなかった。

「一緒にいてくれて、ありがとう」
付き合ってすぐの頃から、彼はときどきそんなふうに言った。

一緒にいられる時間が限られていることを、彼は誰よりも分かっていて。
私は、分かっていながらも、それを信じたくなくて、なるべく未来の話はしないようにしていた。

でも季節は容赦なく進んで、彼の卒業式の日が近づいてきた。

最後のデートは、駅前のレトロな喫茶店だった。
二人とも言葉が少なくて、でも妙に穏やかな空気で。

「こうやって会うのも、最後だね」

「……うん。最後かもしれないけど、最後じゃないといいなって思ってる」

彼は少し黙って、それから私の手をぎゅっと握ってくれた。

「もし俺がもっとわがままな性格だったら、無理にでも君を連れて行ったかもしれない。でも、君の夢もちゃんと知ってるから…俺はずるいけど、応援する」

涙が出なかったのは、きっと心が全部、あたたかさで満たされていたから。

別れ際、彼は何も言わずに私の髪をなでて、ほんの一瞬キスをした。
それ以上のことはなかった。むしろそれで十分だった。

それから1年。私たちはそれぞれの道を歩いている。
もう連絡はしていないけれど、ふとした瞬間に彼の笑顔を思い出す。

雨上がりの空、図書館の静けさ。
どれも、彼と過ごした時間の断片。

別れるって分かっていた恋は、確かに苦しかった。
でも、それ以上に、あんなに誰かをまっすぐに好きになれたことは、かけがえのない経験だった。

未来を約束できなかったからこそ、今という時間に真剣になれた。
そして、その時間があったからこそ、私は今を大切にできる。

「別れると分かっていても、出会えてよかった」
そう言える恋が、人生には一度くらいあってもいいと思う。