あれは、小学6年生の冬だった。
自分ではまだ「恋」とか「付き合う」なんて、よくわからなかった頃。でも、たしかにあれは人生で初めて「誰かを特別に意識した日」だったと思う。
彼女の名前は彩花(あやか)。
クラスでも目立つくらいかわいくて、いつも友達に囲まれて笑ってるタイプ。僕とはあんまり接点がなかったけど、ある日を境に、妙に話しかけられることが増えた。
「〇〇くん、今日の体育すごかったね」
「この前の図工、めっちゃ上手だったじゃん」
最初は、からかわれてるのかと思ってた。だけどある日の放課後、下駄箱の前で彼女が急に立ち止まって──
「ねえ…あたし、〇〇くんのこと好きなんだけど、付き合ってくれない?」
教科書みたいな直球のセリフに、頭の中が真っ白になった。
そもそも“付き合う”って、何をするのかもピンときてなかったし、誰かに言われたら恥ずかしいし。
でも、目の前で真っ赤になってる彼女を見て、「断ったらもったいないかも」なんて、なんとも子どもらしい理由で、うなずいていた。
そして次の土曜日、僕たちは近所のショッピングセンターで初めての“デート”をすることになった。
最初は緊張しすぎて、集合時間の30分も前に着いてしまった僕。
ゲームコーナーの隅っこで無意味にUFOキャッチャーを眺めていたら、「おまたせ!」って、彩花が駆け寄ってきた。
マフラーと手袋をしていて、いつも学校で見る制服姿とは違って、大人っぽく見えた。
「…私服、似合ってるじゃん」
「そ、そっちも。かわいいっていうか…変じゃない」
今思えばどっちもぎこちない褒め方だけど、その時の空気は本当にくすぐったかった。
最初に向かったのは文房具屋さん。
彩花はキラキラしたシャーペンを手に取って、「こういうの、好きなんだ〜」ってうれしそうに眺めてた。
その横顔を見ながら、「あ、なんかいいな」って、自然と思っていた。
それからフードコートでたこ焼きを食べて、プリクラを撮って(正直めっちゃ恥ずかしかった)、最後はゲームセンターへ。
「ねぇ、あのぬいぐるみ取ってよ!」
「ムリだよ!俺、こういうの下手だし…」
そう言いながらも、なぜか頑張ってしまう自分がいて、300円目でなんとか取れた瞬間、彩花が本気で喜んでくれた。
「やばい、めっちゃ嬉しい!宝物にする!」
って言いながら抱きしめてくれたその姿に、心臓がバクバクした。
帰り道、駅のベンチに並んで座っていたとき。
沈黙がしばらく続いたあと、彼女がポツンと口にした。
「今日ね、ずっと緊張してたんだ…〇〇くん、つまんなくないかなって」
「俺も…めっちゃ緊張してた。てか、たぶん今日が人生で一番緊張した」
言ってから、お互いに笑って。
その空気の中、彼女がそっと手を伸ばしてきて、僕の手をぎゅっと握った。
ほんの数秒だったと思う。でも、たぶんそれが、僕の人生で最初の“手を繋いだ瞬間”だった。
照れくささと、うれしさと、ちょっとだけ大人になれたような気がして。
そのまま何も言わずに、電車が来るまでの時間を過ごした。
あれから時が流れて、今ではそのショッピングセンターも少し様変わりしてる。
でも、あの冬の日のぬくもりと、小さな手の感触は、今もちゃんと心の中に残っている。
子どものくせに一丁前にドキドキして、一生懸命“デート”をしようとしたあの日。
僕の中の“初恋”は、あの日から始まったんだと思う。