その日の夕方は、なんだかいつもと違う予感がしたんだ。
いつもの公園で、ベンチに座って読書をしていた私。だんだんと日が傾いて、空が夕焼け色に染まっていく、そんな穏やかな時間だった。その時、どこからか、クーン、クーンと、小さな鳴き声が聞こえてきた。
声のする方を見ると、ベンチの影に、小さな白い子犬が震えていた。首輪はしているけれど、リードがちぎれていて、きっと迷子なんだ。私がそっと近づくと、子犬は警戒するように身をかがめた。どうしよう、助けてあげたいけれど、私一人じゃどうにもできない。焦っていると、後ろから優しい声が聞こえた。
「あれ?迷子の犬かな?」
振り返ると、そこに彼が立っていた。いつもこの公園で見かける、ランニングをしている人。爽やかな笑顔と、少し日に焼けた肌が印象的で、密かに「公園の王子様」なんて思っていた人だ。まさか彼が私に声をかけてくれるなんて、心臓がドクンと大きく鳴った。
彼が子犬にゆっくりと近づいて、優しく話しかけ始めた。「大丈夫だよ、怖くないよ」彼の低い声が、子犬を安心させるように響く。子犬は、彼の手のひらに、恐る恐る鼻を近づけた後、ぺろりと彼の指を舐めたんだ。彼がふっと笑って、子犬の頭をそっと撫でた。その指の動きが、あまりにも優しくて、私の胸がキュンと締め付けられた。
彼と二人で、子犬の飼い主を探すことになった。彼は、子犬を抱き上げて、私の隣を歩く。子犬を抱っこする彼の腕は、引き締まっていて、男らしい。彼の腕から、彼の汗と、少しだけ優しい柔軟剤の混じったような、そんな爽やかな香りがした。それが、なんだか頼もしくて、隣を歩くたびにドキドキした。
公園の入り口に貼ってあった迷子の貼り紙を見て、飼い主の連絡先が分かった。電話をすると、飼い主さんがすぐに駆けつけてくれた。子犬が飼い主さんの元へ駆け寄っていくのを見て、私たちもホッとした。
飼い主さんがお礼を言っている間、彼の視線が、私のほうを向いたのが分かった。目が合うと、彼は少し照れたように笑った。
「見つかってよかったな」
彼が私のほうに少し身をかがめて、優しい声でそう言った。彼の顔が、すぐ目の前にある。夕焼けの光が、彼の横顔をオレンジ色に染めている。その近さに、私の心臓は、もう破裂しそうなくらいドキドキした。
「本当に…ありがとうございました」
私がそう言うと、彼は何も言わずに、私の頭にポン、と彼の掌が触れた。彼の指の感触、掌の温かさ、そして、彼の優しい匂い。それが、私の全身に染み渡るように感じられた。たったそれだけのことなのに、私の心臓は飛び跳ねて、顔が熱くなるのを感じた。
「またな」
彼がそう言って、少しだけ手を振って、来た道を戻っていった。彼の後ろ姿が、夕焼けの中に消えていくのを見送って、私はその場に立ち尽くした。まだ、頭に残る彼の温もりと、優しい匂い。
迷子の犬が繋いでくれた、彼との出会い。夕焼け色の公園で、彼の不器用な優しさに触れて、私の心は、初めて感じる甘い感情でいっぱいになった。この偶然の出会いが、これからどんな物語に変わっていくのか。私は、彼の温かい手の感触を思い出しながら、胸を高鳴らせていた。