あの帰り道のことを思い出すたびに、胸の奥がくすぐったくて、でも少し痛い。もう何年も経っているはずなのに、私はまだあのときの空気を、手の温度を、はっきりと覚えている。
高校二年の秋。私は、同じクラスでテニス部の部長をしていた亮介にずっと片思いをしていた。彼は人に優しくて、みんなに頼られていて、なのに自分のことは後回しにするような人だった。そういうところに、私は惹かれていた。
私は図書委員で、放課後は部室に行く彼と別れて、図書室で黙々と作業をする日々だった。でも、たまに帰りが重なることがあって、そのときだけは、心の中で小さな奇跡が起きたみたいに思ってた。
十一月のある日。雨が降り出しそうな空の下、偶然にも亮介と下駄箱で一緒になった。部活が雨で中止になったらしく、「一緒に帰る?」と、彼の方から声をかけてくれた。
心臓が跳ねた。頷くのが精一杯で、それでも内心は小さくガッツポーズをしていたと思う。
二人で歩く道は、いつもより少しだけ遠回りをした。駅までの道じゃなくて、住宅街の静かな抜け道を、彼は「こっちの方が静かで好きなんだ」と言って案内してくれた。
風が少し冷たくて、マフラーに顔をうずめながら、私は彼の横顔をちらちらと盗み見ていた。
「図書室、よく頑張ってるよな。ああいうの、ちゃんとできるのすごいと思う」
不意にそんなことを言われて、返事が詰まった。「ありがとう」とやっと言えた声は、自分でも驚くくらい震えていた。
道の途中で、ぽつぽつと雨が降り出した。亮介が「走るか」と言ってくれて、一緒に小走りになったけれど、気づいたら私の手を取っていた。
手のひらが触れた瞬間、全身が熱くなった。驚いたけれど、離さないでいてくれたことが、たまらなく嬉しかった。
そのまま駅の手前まで走って、屋根のあるところに滑り込んだとき、亮介は「びしょ濡れだな」って笑った。私も笑ったけれど、頭の中は彼の手の温もりでいっぱいだった。
そして、不意に手を離したその瞬間、どうしても聞きたくなってしまった。
「……さっき、なんで手、つないでくれたの?」
自分でも、そんなこと聞けるなんて思ってなかった。でも、彼は少し間をおいてから答えた。
「咄嗟だったけど……なんか、守りたかったって思ったからかも」
それを聞いた瞬間、涙が出そうになって、私は慌てて前を向いた。何も返せなかった。でも、心が叫んでいた。
――私も、ずっと、亮介のことが好きだよ。
それから一度だけ、振り返らずに「またね」と言って別れた。その言葉が精一杯だった。告白も、想いも、言葉にできなかった。
それでも、あの日のあの瞬間が、私の中で初めて「恋ってこういうものかもしれない」と思えた時間だった。
今も、雨の匂いがふとした瞬間にあの日を思い出させる。言葉よりも先に、気持ちが手を伸ばしていた、あの夕暮れ。
伝えられなかったけど、ちゃんと恋だったと思う。そう思えるだけで、少しだけ救われる気がする。
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