あの朝、あの手を振られたのがはじまりだった

私の朝は、だいたい同じ電車から始まる。

家から最寄り駅まで徒歩8分。急行は混むから、各駅停車に乗って、ぼーっとスマホをいじるのがルーティン。

その日も、いつもと同じ時間、同じ場所に並んで、扉が開くのを待ってた。

…と思ったら、隣に並んでた男の人が、急に私に向かって手を振った。

「おはようございます」

えっ、誰?知り合いだったっけ?って戸惑ってたら、その人が「あ、ごめん、人違い…ですよね?」って少し申し訳なさそうに笑った。

「……たぶん、そうですね」

気まずさを和らげるように、お互いちょっと笑った。

これが、私と岡島くんの出会い。

その後、数日おきに、また駅で顔を合わせるようになった。

話しかけられることはなかったけど、たまたま同じ車両、同じドアに並ぶことが続いたある朝、ふいに声をかけられた。

「この時間って、混みますよね」

突然でびっくりしたけど、前に“人違い事件”もあったから、そこまで警戒心は湧かなかった。

「うん、だから各駅にしてるんです。急行だと死ぬほど混みません?」

「わかります。俺も座れたらラッキーくらいの気持ちで…」

そこから、少しずつ話すようになった。

会社は違うけど、最寄駅が同じで、乗ってる電車もほぼ一緒。年齢も近くて、なんとなく波長が合う。

話してるうちに、彼の笑い方が好きになった。ちょっと口角が上がって、目尻がくしゃってなる。

「また会いましたね」

「もう、常連ですね私たち」

毎朝が少しずつ楽しみになっていった。

1ヶ月くらい経ったある日、乗り換えの駅でいつもより人が多くて、ホームがすごく混んでた。

「ちょっと、危なかったですね」

「ね、押されて落ちるかと思った」

「こっち、こっち。端の方空いてますよ」

そう言って、彼がさりげなく私の腕を引いてくれた。

手を引かれたのは一瞬だったけど、心臓が、変なリズムで跳ねた。

なんだろう。これは、恋なのかもしれない、って思った。

それから、毎朝一緒に通勤するのが日常になった。

「今日も雨だね」「昨日のドラマ見た?」なんて、他愛もない話ばかり。でも、私にとってはその15分が、何よりの癒しだった。

そしてある朝、彼がぽつんと言った。

「来週、部署異動なんです。通勤時間、変わるかもしれない」

「……そっか」

「まだはっきり決まってないけど、違う路線使うかもしれないから」

……嫌だな、と思った。

今までみたいに、会えなくなるのかなって。

「…じゃあ、さ。もし会えなくなったら、連絡とか…交換、しとく?」

自然なようで、でもすごく緊張しながら言った私の言葉に、彼はすぐ頷いた。

「うん。実は、そう言おうと思ってた」

駅のホームでLINE交換するなんて、なんだか学生みたいで、でもすごくうれしかった。

その翌週、彼から連絡が来た。

「やっぱり通勤ルート変わるから、しばらく駅では会えなさそう」

「うん、さみしいけど…連絡取り合えるし、ね」

「そうだ。週末、良かったらごはん行かない?」

それが、初めてのちゃんとした“デート”だった。

焼き鳥屋さんで、仕事の愚痴とか、家族の話とか、少し深い話もした。電車じゃ話せなかったことが、ぽろぽろ出てきた。

帰り道、駅まで歩きながら、彼がふいに聞いた。

「俺たち、これからどうなるかな?」

私はちょっと笑って、「それって、どういう意味?」って聞き返した。

彼は照れくさそうに笑いながら、

「俺、たぶん、朝の電車で君を待つのが楽しみだった。今はそれ以上に、LINEの返信が楽しみ」

…ああ、そうか。この人、私のことちゃんと見てくれてたんだ。

「私も、朝が楽しみだったよ」

帰りの電車、彼がひとつ隣の席に座って、でも電車が揺れるたびに少しずつ肩が触れた。

次に彼に会えるのは、きっと駅じゃなくて、どこか別の場所。でも私はもう、怖くない。

この出会いは、偶然じゃなくて、きっと何かのご縁だったと思うから。


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