声をかけてきた彼を無視できなかった理由──渋谷のスクランブルで出会った恋

「ねぇ、いま時間ある?」

渋谷のスクランブル交差点で、誰かにそう声をかけられるなんて、今まで一度もなかった。
私は人混みが苦手で、いつも用事が済んだらさっさと帰るタイプ。
でもその日だけは、なぜか立ち止まってしまった。

振り返ると、彼はちょっと背が高くて、黒のジャケットが似合う人だった。
いわゆる“ナンパ”なのはすぐわかった。けど、チャラさよりも、妙に真剣な目つきが気になった。

「…すみません、急いでるんで」
「待って、ちゃんと名乗るから。オレ、慎也っていいます。変なつもりじゃないし、ただ少しだけ話したいだけ」

こんなにまっすぐ見られて、逃げるのも逆に失礼な気がした。
なんとなくそのまま、交差点近くのドトールに入った。

「ナンパとか、よくしてるんですか?」
「いや、人生で2回目」
「2回目…?」
「ほんとにビビってる。だって無視されたらめっちゃへこむし」

そう言って笑う彼は、見た目の印象とは違って、どこか不器用で、素直だった。

話してみると、同い年の27歳。営業職で、渋谷の取引先から帰る途中だったらしい。
「なんか今日、うまくいかなくて、気分が落ちてたとこに、君が歩いてきて、…勝手だけど元気もらった気がして」
その言葉に、少しだけ頬が熱くなった。

コーヒー1杯のつもりが、気づけば1時間以上話していた。
映画の話、仕事の愚痴、休日の過ごし方、恋愛のこと──
不思議なくらい、初対面なのに話が途切れなかった。

「じゃあさ、次は“ちゃんとした約束”で会ってくれない?」
「え、次って……」
「このままじゃ、ただのナンパで終わるの、もったいないから」

気づけば、LINEを交換していた。

1週間後、慎也くんと新宿でランチした。
あのときの緊張はなくて、まるでずっと前から知ってた人みたいだった。

「前に話してた映画、観に行こうよ」
「うん、観たいって思ってたやつだし」

その日をきっかけに、ふたりで会う回数が増えた。
映画館、水族館、カフェ、仕事帰りのごはん。
気取らず、でも少しずつ心の距離が近づいていく感じが、心地よかった。

ある日の帰り道、駅までの道で急に雨が降り出した。

「やばい、折りたたみ忘れた」
「俺、傘あるから。入る?」
「ありがとう…」

彼の傘に入ったとき、肩がちょっとだけ触れた。
その距離に、どきん、と胸が跳ねた。

「…ねえ」
「ん?」
「俺、たぶん最初から、君のこと好きだったかもしれない」
「それ、ナンパのセリフじゃないの?」
「うーん…じゃあ、“会ってからずっと、本気だった”って言ったら信じてくれる?」

黙ってうなずいた私に、彼は笑って言った。

「次、ちゃんと手、繋いでもいい?」

返事の代わりに、私はそっと彼の手を握った。

“ナンパから始まった”って言うと、みんな驚くけど、
私にとっては偶然じゃなくて、あの日しか出会えなかった縁だったと思う。

無視しないで良かったって、今でも心から思ってる。


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