彼と初めて会ったのは、職場の新人歓迎会だった。
「話しやすそうな人だな」って思ったのが第一印象で、その直感は間違っていなかった。
優しくて、気遣いができて、冗談を言ってはまわりを笑わせる人だった。
でも、誰よりもまっすぐに仕事と人に向き合う姿に、私はだんだんと惹かれていった。
付き合い始めたのは、その年の秋。
私が風邪で寝込んだときに、彼が夜におかゆを作って届けてくれた。
「これ、あんまり味しないけど、胃にやさしいやつ」って照れ笑いした彼の顔が、なぜかとても印象に残ってる。
それから数年、穏やかで、でも深い時間を一緒に重ねてきた。
旅行も、喧嘩も、何度もあったけど、気づけば一緒にいるのが「当たり前」になっていた。
去年の春、彼がプロポーズしてくれた。
桜が咲き始めた公園で、「俺と結婚してください」って、まっすぐな声で言ってくれた。
嬉しくて、涙が止まらなかった。
あのときの空の色、風の匂い、手の温かさ。全部が、今も鮮明に蘇る。
結婚式は翌年の6月に決めて、両家の顔合わせも終えて、指輪も予約した。
もうすぐ、新居の鍵を受け取る予定だった。
──でも、それは突然、すべて奪われた。
ある朝、会社に出勤したばかりのとき、彼の妹さんから電話がきた。
「…お姉さん、ごめんなさい、兄が…事故に…」
言葉がうまく聞き取れなくて、でも涙声だけははっきり伝わってきた。
信じられなかった。
信じたくなかった。
彼が交通事故で亡くなったなんて、現実のことだとは思えなかった。
病院で対面した彼は、まるで眠っているようだった。
私が泣きながら名前を呼んでも、彼はもう目を開けてはくれなかった。
あの日から、何をどうして過ごしてきたのか、正直よく覚えていない。
お通夜のあいさつも、告別式の服も、誰かがすべて手配してくれていた。
私はただ、彼の写真を胸に抱いて、言葉にならない想いを飲み込むだけだった。
火葬の日、骨壺に入った彼を抱きかかえた瞬間、
「ああ、本当にいなくなってしまったんだ」と、心が崩れそうになった。
お墓に連れて行くその車の中、
ふたりで買った指輪のこと、結婚式の招待状、ふたりで決めた家の間取り、
ひとつひとつが、まるで夢の中の話みたいに遠くに思えた。
でも、忘れられなかった。
彼と過ごした何気ない日々のことを、私は毎晩思い出していた。
朝の「行ってきます」の声、
疲れて帰ってきたときの笑顔、
「おまえが作る味噌汁が一番好きだな」って言ってくれたこと、
寒い日に手を繋いでくれたこと──全部、全部、私の宝物だった。
49日が過ぎた頃、彼の母から、彼が生前書いていたノートのコピーをもらった。
そこには、ふたりで結婚したら行きたい場所や、子どもができたら名前はどうしようとか、
他愛のないことが、手書きの文字でたくさん並んでいた。
ページの最後には、こう書いてあった。
「もしも自分に何かあっても、◯◯が笑って生きていけるように願ってる。
俺は、◯◯を幸せにしたかった。だから、これからは自分で自分を大切にしてな」
読んだ瞬間、声を上げて泣いた。
堪えていたものがすべて崩れて、膝の上でそのまま動けなくなった。
今も、時々彼の夢をみる。
夢の中の彼は、変わらず私の隣で笑っている。
きっと、彼が本当に望んでいたのは、
私が前を向いて、自分の人生を歩いていくことなんだと思う。
でもね、もしまた来世で会えたら、そのときはちゃんと最後まで隣にいてね。
今度は、もっと早く、もっと素直に、「大好き」ってたくさん言わせて。
彼の眠るお墓の前でそう呟いて、今日も私は手を合わせる。
泣いて、笑って、また泣いて──それでも、あなたと過ごした日々があったから、私は今を生きています。