「ねえ、もしさ、私が彼女欲しいって言ったら、誰か紹介してくれる?」
そう言った彼の言葉に、なんて返せばいいのか分からなかった。
「うん、探しておくよ」って笑って返したけれど、心のどこかがふわっと沈んだのを、私は無視した。
大学2年の春。
彼とは1年の頃からずっと仲が良くて、サークルも一緒、授業の履修もかぶっていて、自然と毎日のように顔を合わせる存在だった。
周りからはよく「付き合ってるの?」なんて冷やかされていたけど、私はいつも「そんなわけないじゃん」と笑い飛ばしていた。
だって本当に、彼のことを“好き”なのか、ずっと分からなかったから。
一緒にいれば落ち着くし、くだらないことで笑い合えるし、悩みも遠慮なく言える。
でも、それって“恋”なの?
恋ってもっと、ドキドキしたり、胸が苦しくなったりするものでしょう?
私たちは、お互いの家に普通に遊びに行くし、夜中に電話して「なんでもないけど声聞きたかった」とか、普通に言い合っていた。
それでもどこか、恋愛の線は引いているような、踏み込まない無言のルールがあった気がする。
あるとき、彼が他の女の子とLINEしてるのをちらっと見てしまった。
別にやましいことなんて何もない。ただ、楽しそうに画面を見ている彼を見て、胸の奥がズンと重くなった。
「どうしたの?さっきから元気ないよ」
「…なんでもない。ちょっと寝不足」
そうやって誤魔化す自分が情けなくて、でも“なんでもない”ってことにしないと、崩れてしまいそうだった。
そんなある日、彼が言った。
「もし卒業して、東京と大阪で離れたらさ、俺たちってどんな関係になるんだろうね」
「……どうなるんだろうね」って返しながら、本当は聞きたかった。
「私たちって、いま何?」って。
でも聞けなかった。聞いてしまったら、今の関係が壊れてしまうような気がして。
ある春の日。大学のキャンパスが薄いピンクに染まる頃。
私はふいに、彼に言った。
「もし私が、誰かに告白されたら、どうする?」
彼はちょっとだけ驚いた顔をして、それから言った。
「うーん…そっか。でも、それはちゃんと応援しないとね」
その言葉に、私はなぜかホッとしたような、苦しくなったような、そんな複雑な気持ちになった。
結局、私たちは付き合わなかった。
そのまま自然と距離ができて、卒業と同時に別の道を歩くようになった。
でも、社会人になった今でも、ふとした瞬間に彼のことを思い出す。
通学路だった坂道、雨上がりの夕焼け──
全部、彼との時間に結びついてしまう。
そしてようやく気づいた。
あれは、ちゃんと恋だった。
分からなかったんじゃなくて、認めるのが怖かっただけだった。
もし、もう一度戻れたらって思うこともある。
でも、あの頃の不器用な私たちだからこそ、あの形のままがよかったのかもしれない。
恋愛感情なのか分からなかったあの気持ち。
でも今なら、きっと、あれは“好き”だったんだって、胸を張って言える。