大学1年の春、私は初めてのアルバイトに挑戦した。
家からも通いやすくて、時給もそこそこ良かったカフェチェーン。
少し緊張しながら初出勤したその日、同じシフトに入っていたのが──彼だった。
「初めまして、新人さん?」
「はい、今日から入りました。よろしくお願いします」
その人懐っこい笑顔と、柔らかい声に、すぐに緊張がほどけた。
彼の名前は亮介(りょうすけ)くん。
年はひとつ上で、バイト歴は1年。頼れる“先輩”そのものだった。
マニュアルには載ってないような細かいコツも、彼はさりげなく教えてくれて。
「ドリンクの作り方って最初ややこしいけど、流れ覚えちゃえば大丈夫だよ」
「氷の量とかも、けっこう大事なんだ」
ひとつひとつの言葉に変な押し付けがなくて、でもちゃんと私の目を見て話してくれる。
そのうち、「亮介さんと同じシフトだと安心するな」って、自然に思うようになっていた。
バイトのあと、駅まで一緒に帰ることが増えていって。
コーヒーの話、大学の講義の話、趣味の音楽の話。
会話が止まらなくて、気づいたら改札前で30分も立ち話してた、なんてこともあった。
そんなある日、閉店作業を終えたあと、ロッカールームで彼がふいに言った。
「ねえ、〇〇ちゃん。…ちょっと話してもいい?」
少しだけ声のトーンが違ってて、心臓がすっと冷える感じがした。
「俺さ、〇〇ちゃんといると、すごく落ち着くっていうか、…もっと一緒にいたいなって、思ってて」
ゆっくりとした言葉で、でも迷いのない目で、彼は続けた。
「もしよかったら、付き合ってくれない?」
…なんて言えばいいのか、頭が真っ白になった。
でも、その場ですぐに返事はできなかった。
びっくりした気持ちもあるし、自分の気持ちが“安心感”なのか“好き”なのか、はっきり言葉にできなかったから。
「…ごめんなさい。少し、考えさせてください」
彼は静かにうなずいて、「うん、急がなくていいよ」って言ってくれた。
その優しさに、余計に胸がぎゅっとなった。
それから数日間、彼と同じシフトがなかったのが、逆にありがたかった。
でも、毎日のように思い出すのは彼の笑顔と、真剣な表情。
あぁ、私、もうとっくに好きだったんだ。
バイト終わりの歩く時間が楽しみだったのは、その証拠だった。
そして次の週。勇気を出してLINEを送った。
「もし、まだ気持ちが変わってなければ…私でよければ、付き合ってください」
返事はすぐに来た。
「もちろん。ありがとう。めちゃくちゃ嬉しい」
それから初めてのデート。
場所は、二人とも気になっていた駅前の小さなパンケーキカフェ。
「女子向けかと思ったけど、意外と男子でもアリだね」なんて言いながら、ふたりで笑って。
帰り道、彼がちょっとだけ手を伸ばしてきた。
「…手、繋いでもいい?」
その声があまりにも優しくて、私はうなずきながら、そっと手を重ねた。
あの日の空気。
店を出たときの涼しい風。
指先に感じた体温と、心の奥に残ったあたたかさ。
今思い返しても、なんだかじんわり胸があたたかくなる。
バイトって、ただの“働く場所”だと思ってたけど。
人と人が出会って、時間を共有して、想いが生まれる場所でもあったんだなって。
これが、私の“バイト先で始まった恋”の話。
少し不器用だったけど、たしかに始まった、大切な思い出。