大学3年の秋、私はちょっとした人生の分岐点に立っていた。
就活を控えた焦りと、サークルやバイトでの人間関係の疲れ。どこか満たされない日々の中で、私はその子に出会った。
彼の名前は遥(はるか)くん。
1つ年下の2年生で、私が参加していたボランティアサークルに春から入ってきた子だった。
最初の印象は、「礼儀正しくて、ちょっと生真面目すぎる子」。
でも一緒に活動していくうちに、彼の笑顔や、誰かの話を一生懸命に聞こうとする姿勢に、次第に惹かれていく自分に気づいた。
とはいえ、私は年上だし、大学生活も後半戦。恋愛なんて今さら…と思っていた矢先だった。
秋の学園祭が終わった帰り道。
キャンパスの並木道、金木犀の香りがふわっと漂う中、彼に呼び止められた。
「先輩。……少し、話してもいいですか?」
その瞬間、なぜか心臓が跳ねた。
胸騒ぎ…というより、予感だったのかもしれない。
「ずっと前から、好きでした」
「先輩のこと、ちゃんと知って、ちゃんと向き合ってみたくて」
言葉に詰まりながらも、まっすぐ目を見て伝えてくれた彼の姿が、なんだかとても眩しかった。
戸惑いながらも、私は笑ってうなずいていた。
「ありがとう。嬉しいよ。……じゃあ、今度、ふたりで会ってみようか」
それが、私たちの初デートのはじまりだった。
行き先は、私の好きな美術館。
「僕、美術館ってよくわかんないんですけど、先輩となら楽しめそうな気がして」
そう言って、ちゃんと予習してきたみたいにパンフレットを見ながら、一生懸命に作品を見てくれた。
絵の前で語り合うというより、ただ静かに隣にいる時間が心地よかった。
歩くペースを合わせてくれるところや、ドアを自然に開けてくれる仕草、そういう一つ一つに、彼の優しさを感じていた。
カフェでお茶をしていたとき。
「先輩って、笑った顔がすごく好きです」って、ふいに言われた。
こっちは思わず紅茶を吹き出しそうになって、「なにそれ、ズルいよ(笑)」って笑いながら言い返した。
でも、心の中ではずっと、顔が火照っていた。
夕方、駅までの帰り道。
信号待ちでふと彼の手が、私の手に触れた。
「……手、繋いでもいいですか?」
その言い方があまりに不器用で、でも愛しくて、私は小さくうなずいた。
繋がれた手のぬくもりが、思っていたよりもずっと頼もしくて──
私はようやく、「自分が本当に求めていたもの」に気づいた気がした。
年下だから、とか、今さら恋愛なんて、とか。
そんなことじゃなかった。
心が動くって、きっと、もっとずっとシンプルなことなんだ。
彼と過ごす時間は、どこかゆっくりで、やさしくて、そして時々、ドキドキする。
恋って、こういうものだったなあ…って、忘れていた何かを思い出させてくれた。
あれから季節は変わったけれど、いまだに彼と一緒に歩く道には、あの日と同じ金木犀の香りがしている。
きっとずっと、この記憶は心に残っていく。
「大学時代に年下の彼と出会ったあの秋」は、私にとって、何よりの宝物だ。