高校2年の夏。
父の転勤で、私は全然知らない土地に引っ越した。
転校って、想像以上にしんどい。
制服も違えば、方言も微妙に違うし、みんなの中に入っていくタイミングもわからない。
教室で「よろしくお願いします」って自己紹介したとき、
誰かの視線を感じた。
でも、そのときはちゃんと顔を見られなかった。
名前は、黒崎くん。
あとで知ったんだけど、クラスでは結構人気があって、
サッカー部のエースらしい。
でも、その彼が最初に話しかけてくれたのは、
そんな目立つ理由からじゃなくて、
私が体育の時間にボールを顔に当ててしまって、
ベンチで冷やしてたときだった。
「…大丈夫?」
声がやわらかくて、びっくりした。
それまで、転校してからほとんど男子と話してなかったから。
「あ、うん。ちょっと痛いけど平気」
「…血出てるよ」
「えっ、嘘…」
恥ずかしさで顔が熱くなって、
でも彼はさりげなくハンカチを出してくれた。
「洗わなくていいから」って言われたとき、
妙にドキッとしたのを覚えてる。
それから、授業の合間に「ノート見せて」って言われたり、
お昼のとき「一緒に食べる?」って誘ってくれたり、
ほんの少しずつ、距離が縮んでいった。
だけど私、どうしてもひとつ聞けなかったことがある。
――それって、誰にでもしてることなんじゃないかって。
そんなふうに思ってたある日。
放課後、帰り道が同じ方向だったみたいで、
並んで歩くことになった。
「あのさ」って彼が急に言った。
「転校してきて、寂しくなかった?」
「うん、…ちょっとだけね」って、
正直に答えた。
すると彼が、少しだけ笑って、
「俺さ、転校生って、ちょっと苦手だった」って言った。
「なんか、自分とは違う世界の人って感じがして」
「…じゃあ、私も?」
「うん。でも、話してみたら…意外と気が合うなって思って」
そのとき初めて、彼の横顔をちゃんと見た。
夕陽の光が差し込んで、少し眩しそうにしてたけど、
どこか照れてるようにも見えた。
言いたいことが喉の奥まできてたのに、
言えなかった。
「私も…君と話せて、嬉しかったよ」
それが、やっと出てきた言葉だった。
次の日、机に小さなメモが入っていた。
【今日、帰りにちょっと寄り道しない?】
それだけ。
放課後、校門の前で待っていた彼と、
近くの河川敷まで歩いた。
話すことなんて、ほとんどなかった。
でも、沈黙がぜんぜん嫌じゃなかった。
「手、つないでもいい?」って、
彼が小さく聞いてきたとき、
私、恥ずかしくてちょっと下向いたけど、
うなずいた。
そっと指を絡めてくれて、
そのまま無言で歩いた。
手が温かくて、
ドキドキしてたけど、
なんだか安心感のほうが勝っていた。
「好きだよ」って言葉は、もう少しあとだった。
付き合い始めて1ヶ月くらい経ったある日、
2人きりで公園に座ってたとき、彼がぽつりと。
「最初に君見たとき、たぶんもう気になってたんだと思う」
「え、あの自己紹介のとき?」
「うん。緊張してたけど、ちゃんと自分の言葉で話してて、すごいなって」
言われた瞬間、なんだか泣きそうになった。
転校って、嫌だった。
でも、君に会えたから、あの時引っ越してきてよかったって、今では思える。
高校生活の最後の1年。
この思い出が、たぶん一生、私の宝物になる。
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