高校の卒業式の日、私は彼に、言えなかった言葉をたくさん抱えたまま別れた。彼は隣のクラスの、ちょっとミステリアスな雰囲気を持つ人だった。目が合うと、いつもフッと笑ってくれるのが、私の小さな幸せだった。一度も話したことはなかったけれど、教室で彼の姿を見るたび、放課後、彼が部活に向かう後ろ姿を見送るたび、私の胸は淡い恋心でいっぱいになった。卒業式のあの日、もう二度と会えないかもしれないという寂しさに、胸が締め付けられるようだった。
それから何年もの月日が流れて、私は社会人になった。東京の忙しい毎日の中で、彼のことは、遠い青春の甘い記憶の中にしまわれていた。まさか、彼と再び会える日が来るなんて、夢にも思っていなかったんだ。
その日は、会社の近くにある、お気に入りのカフェでランチをしていた。窓際の席で、通りを行き交う人々をぼんやりと眺めていた時、ふと、見慣れた横顔が目に飛び込んできた。
はっと息を飲んだ。彼の後ろ姿だった。
思わず、心臓がドクンと大きく鳴った。まさか、そんなはずはない。でも、その背中、その少し猫背な姿勢、あの頃と全く同じだ。彼は、窓から差し込む光の中で、スマホを眺めていた。あの懐かしい横顔に、私の指先が震えた。
「もしかして…〇〇高校の、ユウキくん?」
震える声で、私は声をかけていた。彼がゆっくりと振り向いた。あの頃と変わらない、少しだけ切れ長の瞳が、私をまっすぐに見つめた。彼の顔には、大人の男性らしい落ち着きと、少しだけ疲れたような影があったけれど、その表情は、間違いなく彼だった。
「え…君は…」
彼が、私の顔をじっと見て、少しだけ目を見開いた。そして、フッと、あの頃と同じように、優しく微笑んだんだ。
「〇〇だろ?まさか、こんなところで会うなんて」
彼の声は、あの頃より少し低くなっていたけれど、その響きは、私の記憶の中の彼と寸分違わなかった。彼の口から、自分の名前が出ただけで、私の心臓はさらに早く脈打った。まるで、何年も前の淡い恋心が、一瞬で呼び覚まされたみたいに。
私たちは、カフェの同じテーブルを囲んで、たくさんの話をした。お互いの近況、仕事のこと、学生時代の思い出。話せば話すほど、あの頃の距離感が、まるで昨日のことのように蘇ってくる。彼の声を聞くたび、彼の笑顔を見るたび、私の胸の奥で、確かに何かが動き出すのを感じた。
「あのさ、俺、あの頃…お前のこと、気になってたんだ」
帰り道、駅の改札前で別れる時、ユウキが突然そう言った。彼の顔は、少しだけ赤くなっていた。私の心臓は、飛び出しそうなくらいドキドキした。あの頃、彼も同じように、私を意識してくれていたなんて。長年胸の奥にしまっていた想いが、一気に溢れ出しそうになった。
「…私もだよ」
震える声で、私がそう答えると、彼は少し驚いたように目を見開いた。そして、何も言わずに、私の手をそっと掴んだ。
彼の掌は、あの頃よりも少し大きくて、指の節がごつごつしていた。でも、その温もりは、私の記憶の中の温かさと全く同じだった。彼の指が、私の指の隙間にゆっくりと絡んで、そして、しっかりと握りしめてくれた。彼の温かさが、私の手のひら全体にじんわりと伝わってきて、胸の奥がキュンとなった。彼の匂い、彼の体温、彼の手の感触。すべてが、私を包み込んで、世界が彼と私だけのものになったようだった。
あの日の卒業式では言えなかった言葉。すれ違い続けた何年もの時間。でも、運命は、私たちを再び巡り合わせてくれた。カフェの窓辺で再会したあの日から、私たちの時間は、まるで止まっていたかのように再び動き出したんだ。彼の温もりが、私に、新しい未来を予感させてくれた。