私は、周りから「完璧なキャリアウーマン」だと言われる。
朝は誰よりも早く出社し、夜は誰よりも遅くまで残業する。任されたプロジェクトは必ず成功させてきたし、後輩からの信頼も厚い。会社では、自信に満ちた笑顔を絶やさないように努めていた。
でも、本当は、一人の夜は、想像以上に孤独だった。仕事でどれだけ成功しても、広い部屋に一人で帰ると、胸の奥がチクチクと痛む。疲れて帰ってきた部屋は、私の心の隙間を、冷たい空気で満たしていった。
そんな私の日常に、ある日、ささやかな変化が起きた。彼は、私と同じ部署で働く、少し年下の後輩。仕事は真面目だけど、不器用で、いつもどこかドジなところがある。正直、彼のことは、仕事のパートナーとしてしか見ていなかった。
その日も、私は深夜まで残業をしていた。疲労で、何度もパソコンの前で眠りそうになった時、後ろから「先輩、まだ帰らないんですか?」と声がした。振り返ると、彼が心配そうな顔で立っていた。
「もうすぐ終わるから、気にしないで」と私は笑顔で答えたけれど、彼は何も言わずに、私の隣の椅子を引き寄せて座った。そして、自分のパソコンを開いて、黙々と作業を始めた。
「何か手伝うこと、ありますか?」
彼の声は、いつもより少し低くて、夜の静かなオフィスに響いた。彼の不器用な優しさに、私の心は少し揺らいだ。彼の腕が、私の腕にかすかに触れる。ワイシャツの硬い感触と、その下の彼の体温が、なぜかとても心地よかった。彼の香りが、ふわりと私の鼻をくすぐる。それは、私の心を温かく満たしてくれた。
それから、私たちは、深夜のオフィスで二人きりで残業をする、秘密の関係になった。言葉は多くなかったけれど、彼が隣にいるだけで、なぜか心が落ち着いた。仕事の話をする時、真剣な眼差しで私の話を聞いてくれる彼の横顔を見るたびに、胸の奥がキュンと締め付けられた。
ある日、プロジェクトが一段落して、深夜に二人で会社を出た。夜風がひんやりと肌を撫でる。誰もいない駅までの道を、彼と二人で並んで歩いた。
「いつも、夜遅くまで付き合わせちゃって、ごめんね」
私がそう言うと、彼は何も言わずに、ただ私のほうをじっと見つめた。そして、私の手をそっと掴んだ。彼の掌は、私よりも少し大きくて、温かかった。指の節が、私の指の隙間にゆっくりと絡んで、そして、しっかりと私の手を握りしめてくれた。彼の温かさが、私の手のひら全体にじんわりと伝わってきて、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
「…先輩が、一人で頑張っているのを見るのが、なんだか辛かったから」
彼の声は、少し震えていたけれど、真っ直ぐに私の心に響いた。私は、彼の言葉に、何も言えなかった。完璧だと思っていた自分の中に、確かに存在していた寂しさを、彼は見抜いていたんだ。
深夜のオフィスで始まった、私たちの秘密の関係。仕事では完璧な私でも、彼の前では、ただの弱い一人の女性に戻ってしまう。彼の温かい手の感触が、私に、一人じゃないんだと、そう教えてくれた。