私の恋は、いつも彼の後ろ姿を追いかけることから始まった。
真夏の、セミがミンミン鳴き続ける日。私は自転車に乗って、いつもの通学路を走っていた。その道の途中に、いつも友達とたむろしている場所があった。そこにいるのは、私のひとつ年上の、近所のやんちゃなお兄さん、ケンタくん。彼はいつも、少し擦り切れたジーパンに、クタクタのTシャツ。髪は茶色に染めていて、耳にはピアスが光っていた。私には眩しすぎるくらいの、不良っぽい雰囲気。
私は、ケンタくんの前を通るたびに、心臓がドキドキして、自転車のペダルを漕ぐ足がなぜか速くなった。チラッと彼のほうを見ても、彼はいつも友達と笑い合っていて、私のことなんて目に入ってない。でも、その姿を見るだけで、私の胸はキュンと締め付けられたんだ。
ある日、私が自転車を漕いでいると、突然パンクしてしまった。どうしよう、家までまだ遠いのに。困って立ち尽くしていると、後ろから「おい、どうした?」って声が聞こえた。振り返ると、そこにケンタくんが立っていた。心臓が飛び出しそうになった。
「あ、あの、パンクしちゃって…」
消え入りそうな声で私が答えると、ケンタくんは何も言わずに私の自転車のタイヤをじっと見た。そして、ため息交じりに「仕方ねーな」って言って、私の自転車を「はい、乗って」って言ってくれたんだ。彼の腕が、自転車を支える時に私の腰のあたりにかすかに触れた。その瞬間、彼の体温が制服越しに伝わってきて、私の体中に電流が走ったみたいだった。彼の腕の硬さ、男らしい匂い。まるで頭の中が真っ白になって、息をするのも忘れた。
彼は、私の自転車を押して、一緒に自転車屋さんまで歩いてくれた。普段、クールで怖そうなケンタくんが、私のために自転車を押してくれている。隣を歩く彼のサンダルが、私のスニーカーのすぐ横で、シャッシャッと音を立てる。彼の汗ばんだ腕や、日に焼けた首筋が、なぜかとても大人っぽく見えた。修理の間も、彼は近くの自販機でジュースを買ってきてくれたりして、私なんかのために、こんなに優しくしてくれるんだって、胸がいっぱいになった。
自転車が直って、ケンタくんが「もう大丈夫だろ」って言った時、私はどうしてもっと彼と一緒にいたくて、思わず声をかけた。
「あの、お礼に、何か…」
私がモジモジしていると、ケンタくんはニヤッと笑って、私の頭をポンと叩いた。「いーよ、別に。また困ったら言えよ」その手のひらは、少し硬くて、でも、優しくて、私の頭にじんわりと熱が残った。彼の指の感触が、そのまま脳みそに響くみたいで、頭の中がフワフワした。彼の目には、ほんの少しだけ、私に向けられた優しい光があったような気がした。
それから、私はケンタくんのことをもっと意識するようになった。遠くから彼の声が聞こえるだけで、振り返ってしまうし、彼が友達と笑っているのを見るだけで、なぜか胸が締め付けられた。私と話す時の彼と、友達といる時の彼は、なんだか違うように見えて、彼の知らない顔をもっと知りたいって思った。
ある日、彼がいつもの場所で、友達とたばこを吸っているのを見てしまった。私の胸が、チクリと痛んだ。やっぱり、彼は私とは住む世界が違うんだ。手の届かない、遠い存在なんだって。彼の背中が、なんだかとても大きく見えて、同時に、遠く感じられた。
中学生だった私にとって、ケンタくんは、憧れの存在だった。彼のやんちゃなところも、不器用な優しさも、何もかもが眩しかった。結局、彼にこの気持ちを伝えることはできなかったけれど、彼の背中を追いかけたあの夏は、私にとって、甘くて、切なくて、そして忘れられない秘密の恋だった。