初恋の人は友達のお父さん

私は、中学時代の甘酸っぱく切ない恋の思い出を今も大事に抱えています。相手はなんと、友達のパパでした。

中1のとき、家の近所に住む親友・仮名 香奈と彼女の家族に出会いました。香奈のお父さんは、40歳くらいの優しい笑顔の人でした。仕事で忙しいのか、香奈の家に遊びに行くと、たまにしかお父さんの姿を見かけませんでした。

ある日、私が香奈の家で宿題をしていると、玄関のチャイムが鳴りました。
「あっ、パパ帰ってきた!」
香奈が嬉しそうに迎えに行きました。私はドキドキしながら香奈のお父さんと初めて言葉を交わしました。
「いらっしゃい。香奈の友達?」

「は、はい……こんにちは……」
緊張で声が震えていました。

香奈のお父さんは私のことを覚えてくれたらしく、その後も顔を合わせる度に挨拶をしてくれるようになりました。私はお父さんの爽やかな笑顔を見るたび、胸が高鳴りました。

そんなある日の放課後、香奈が学校に来なかったので、家を訪ねることにしました。ドアをノックすると、出てきたのはお父さんでした。

「あれ、香奈なら今日は習い事に行ってるよ」
「そうなんですか……じゃあ、また改めますね」

帰ろうとすると、お父さんが呼び止めてくれました。

「せっかく来たんだから、少し上がっていかない?お茶でも飲んで行けばいいよ」
「えっ……でも……」

躊躇していると、お父さんは優しく笑って言いました。

「大丈夫、香奈も喜ぶと思うよ」

そして、私はお父さんに誘われるまま、初めて香奈の家に上がり込みました。リビングに案内され、お父さんが紅茶を入れてくれました。二人きりの空間に緊張したものの、お父さんの穏やかな雰囲気に包まれて、私は次第にリラックスしていきました。

お父さんは私の話を楽しそうに聞いてくれました。勉強のこと、友達のこと、好きな音楽のこと……まるで、本当の父親のように寄り添ってくれるのです。そして私も、お父さんのことをもっと知りたいと思いました。

「お父さんは何の仕事をしているんですか?」

勇気を出して聞いてみると、お父さんは少し照れ臭そうに答えました。

「僕は、小さな出版社で働いているんだ。作家さんたちのサポートをするのが仕事さ」

お父さんの仕事に興味を持ち、色々な質問をしました。その中で、お父さんが大の本好きであることを知りました。私自身も読書が好きだったので、話が弾み、夢中になって話し込んでしまいました。

時間はあっという間に過ぎ、気が付くと夕方になっていました。

「もうこんな時間か……ごめんね、長居しちゃった」

慌てて立ち上がると、お父さんはニッコリ微笑んで言いました。

「全然構わないよ。またいつでも遊びにきてね」

その言葉に胸がキュンとなり、思わず顔が熱くなりました。お父さんの優しさに触れ、私は確信しました。私はお父さんのことが好きになってしまったのです。

その日から、私は毎日のように香奈の家を訪れました。もちろん、香奈に会いに行く名目でしたが、本当はお父さんに会いたかったのです。香奈もお父さんも、私が来るのを楽しみにしていてくれたようで、いつも暖かく迎えてくれました。

お父さんとの時間は、私の宝物となりました。二人きりで本の話をしたり、映画を見たり……まるで、大人のデートをしているかのような気分でした。もちろん、香奈も一緒でしたが、それでも幸せを感じていました。

しかし、私の気持ちは誰にも打ち明けることができませんでした。もちろん、香奈にも。もしバレたら、この楽しい時間が壊れてしまうかもしれないからです。

そんなある日のこと、香奈が突然こんなことを言い出しました。

「ねえ、亜紀ちゃん。うちのパパって、なんかいいよね?優しくて、カッコよくて……」

私はドキッとしました。まさか香奈もお父さんのことを好きなの?! でも、冷静に考えれば当然のことでした。自分の父親を自慢する気持ちが分かるような気がします。

「うん、確かに素敵だよね。仕事もできて、人望も厚いみたいだし……」

私も笑顔で答えたつもりですが、内心は動揺していました。もしここで香奈が
「私もパパのこと好きなんだ」
と言ったらどうしよう……と不安になったのです。

幸いにも、香奈はそれ以上何も言いませんでした。でも、この一件以来、私は少し複雑な気持ちになりました。香奈のお父さんを好きになることは、許されないことのような気がしてきたのです。

それでも、私はお父さんへの想いを断ち切れませんでした。むしろ、ますます惹かれていきました。お父さんの笑顔を見るだけで、胸が高鳴るのです。もしかしたら、これが本当に大人の恋なのかもしれない……そんな期待すら抱いていました。

ある日の放課後、いつものように香奈の家に行くと、珍しくお父さんがいました。

「いらっしゃい、亜紀ちゃん。ちょうどよかった、香奈はまだ習い事に行っているんだ。良かったら、少し待っていてくれるかい?」
「は、はい……ありがとうございます」

ドキドキしながら頷くと、お父さんは私をソファに座らせ、紅茶を淹れてくれました。

「今日も暑かったね。ゆっくり休んでいって」

お父さんの優しい言葉に、私の胸は高鳴ります。二人きりの部屋で、甘い時間が流れていきます。時折、お父さんは本棚から本を取り出し、私に勧めてくれました。それだけで、私は幸せでした。

でも、この幸せな時間は長くは続かないかもしれません。だって、お父さんには奥さんがいるのです。香奈のお母さん。それに、私とお父さんの間には、30歳以上もの年齢差があるのです。だから、絶対にこの恋は叶わない……。そう分かっていても、私はお父さんへの想いを止めることができませんでした。

ある日の夜、私は布団の中で、お父さんのことを考えながら眠れずにいました。

「もし、お父さんと結婚したら……どんな生活になるんだろう?」

そんな妄想を膨らませるうちに、ついに寝落ちしてしまいました。
でも、その夜見た夢は、とても鮮明で印象的でした。夢の中で、私はお父さんと手を繋いで、海岸沿いを歩いていました。空は綺麗な夕焼けで、波の音が心地よく響きます。

「お父さん……大好きです」

私が呟くと、お父さんは優しく微笑んでくれました。

「ありがとう。僕も君が大好きだよ」

その言葉に、私は涙が出そうになりました。でも、夢の中とはいえ、こんな幸せな瞬間が永遠に続くはずはありません。

翌朝、目が覚めた私は、現実に引き戻されました。お父さんは遠い存在であり、私はまだ子供なのです。それでも、あの夢の出来事は、私の中に深く刻まれました。

中学三年生になり、受験勉強が本格化するにつれて、私は少しずつ香奈の家に行く回数を減らしていきました。お父さんとの別れが近づいていると思うと、胸が痛みました。でも、高校生になれば、新しい出会いがあるかもしれない……そう自分に言い聞かせて、前を向こうとしました。

卒業式の前日、私は最後に香奈の家へ行きました。もう会えるのも最後かもしれない……そう思うと、涙が溢れてきました。

玄関を開けると、いつものように香奈が出迎えてくれました。

「亜紀ちゃん、久しぶりだね。最近忙しそうだったけど、大丈夫?」

香奈の心配そうな表情に、私は思わず泣きそうになりました。でも、最後まで強がって笑顔を作りました。

「うん、大丈夫だよ。もうすぐ高校生だから、頑張らなくちゃね」

そんなやり取りをしていると、リビングからお父さんが顔を覗かせました。

「亜紀ちゃん、いらっしゃい。卒業式、明日だね。おめでとう」

お父さんの優しい言葉に、私はまた涙腺が緩みそうになりました。必死に堪えながら、頭を下げました。

「ありがとうございます。香奈のパパにも、お世話になりました」

お父さんは少し驚いた様子でしたが、すぐに微笑んでくれました。

「いやいや、こちらこそ。亜紀ちゃんが来てくれて、香奈も喜んでいたよ。本当にありがとう」

その言葉に、私は胸がいっぱいになりました。お父さんのためにも、これからはしっかりしなければいけない……そう決意しました。

その夜、私はベッドの中で、お父さんとの思い出を振り返りました。優しい笑顔、温かい言葉、楽しい会話……全てが愛おしく感じられました。そして、心の中で呟きました。

「お父さん、大好きでした。どうか、幸せでいてください」

涙を拭いながら、私はゆっくりと目を閉じました。

高校に入学してから、私は少しずつ、お父さんへの気持ちを整理していきました。もちろん、完全に忘れることはできませんが、それでも前向きに進んでいけるようになりました。新しい友達ができ、楽しいこともたくさんありました。それでも、時々思い出すのは、あの甘酸っぱい初恋の記憶でした。

大学進学を機に、私は地元を離れることになりました。引っ越す前の日、私はもう一度香奈の家を訪れました。香奈は泣きながら抱きついてきました。

「亜紀ちゃん、絶対遊びに来てね!私たち、ずっと友達だよ!」

その言葉に、私は何度も頷きました。そして、お父さんに挨拶をしました。

「香奈のパパ、今までありがとうございました。香奈とはこれからも仲良くしたいです」

お父さんは笑顔で頷いてくれました。

「もちろんさ。亜紀ちゃんも元気でね。いつでも遊びにきて」

その言葉に、私はまた涙が出そうになりました。でも、ここで泣くわけにはいきません。最後まで笑顔で過ごすことが、お父さんへの感謝の気持ちだと信じていました。
新しい土地での生活が始まり、私は次第にお父さんのことを考える時間が減っていきました。でも、ふとした瞬間に、あの甘酸っぱい思い出が蘇ることもありました。
そして、社会人になった今でも、あの初恋の記憶は、私の心の中に大切にしまわれています。もう二度と会えないかもしれないけれど、あの時の気持ちを忘れないようにしたいと思っています。
今でも、たまに香奈と連絡を取り合っています。香奈も結婚して、子供ができたそうです。その話を聞くたびに、お父さんのことを思い出します。きっと、幸せな家庭を築いていることでしょう。
私が大人になった今だからこそ、あの時の初恋の気持ちが、どれだけ純粋で尊いものだったか分かります。誰にも言えない秘密の恋でしたが、あの時間を通して、私は大切なことを学びました。
もし、いつかまたお父さんに会える日が来たら……どんな顔をして会えばいいのでしょう。でも、きっと、その時は笑顔で挨拶できるはずです。
あの初恋は、私の人生において、かけがえのない宝物となっています。いつかまた、お父さんに会えることを願いながら、私は日々を過ごしています。