夢を追う彼女を応援したかった、それが俺なりの最後の優しさだった

彼女が夢を口にしたのは、大学3年の冬だった。
「来年、東京の劇団に応募してみたいの」

もともと演劇サークルで出会ったふたり。
彼女はそのなかでもひときわ輝いていて、舞台に立つと空気が変わった。
だけど、その分だけ“現実”をどう乗り越えていくか悩んでいたのも知っていた。

俺は地元の企業に内定をもらっていて、
このまま卒業すれば、安定した道がある程度見えていた。

一方の彼女は、東京に行けばバイトをしながらオーディションを受ける日々になる。
連絡も減るだろうし、いつ会えるかもわからない。

でも、それでも──「行ってほしい」って、心のどこかで思ってた。
彼女の夢は、俺の誇りでもあったから。

だから、言った。
「応援したい。行けよ、東京」

彼女はうなずいて、少しだけ寂しそうに笑った。
そのときには、もうお互い気づいていた。
一緒にはいられないって。

春が来る少し前の夜。
最後にふたりで会って、いつものカフェでゆっくり話した。

「ねぇ、もう一度だけ、手、握ってもいい?」
彼女がそう言ってきて、俺は無言で手を差し出した。
細くて冷たい手を、しっかり包んだ。

「ありがとう。本当に、好きだったよ」
「俺も。ずっと、応援してる」

別れ際、駅の改札の前で彼女を後ろからそっと抱きしめた。
細い肩に顔を近づけたら、少しだけ涙のにおいがした。

キスをしようと思えば、できた。
けど、それ以上は何もなかった。
あえて何も起こさないことで、思い出が綺麗なままでいてほしかった。

あれから何年か経った今も、彼女の名前で検索しては、
舞台の情報があるたびに「頑張ってるな」って、静かに画面を閉じる。

もう連絡はとってないけど、
俺は今でも、あの日の選択を後悔していない。

たとえ隣にいられなくても、
あのとき彼女を送り出せたことが、俺の恋のひとつの答えだったと思っている。

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