「〇〇、好きだよ」
名前を呼ばれた瞬間、心臓がどくんと跳ねた。
あの時の空気、今でも覚えてる。
春の終わり、体育祭の準備で慌ただしかった放課後。
みんなが教室に戻ったあとの体育館裏で、
彼は、私の前に立っていた。
同じクラスの男の子。
どちらかというと静かで、でも、
笑うとちょっとだけ犬っぽい顔になる、そんな人。
席が近かったから、ノートを見せてもらったり、
掃除当番が一緒になったり、
そういう些細なことで、私はいつの間にか彼のことを目で追うようになっていた。
でも、まさか。
まさか、彼のほうが私の名前を、
“そんなふうに”呼ぶ日がくるなんて、思ってもいなかった。
「……え?」
あまりに突然で、私はそれしか言えなかった。
彼は慌てたように、顔を赤くして、
「あ、あのさ! 返事はすぐじゃなくてもいいから!」って叫んで、
走って逃げていった。
バカみたいに、私はそこに立ち尽くして、
手に持っていたタオルを、落としたまま動けなかった。
それから数日間、私は彼にどう接していいかわからなかった。
でも彼は、変わらず挨拶をしてくれた。
いつものように、消しゴムを貸してくれた。
ノートに落書きをして、笑わせてくれた。
変わらない彼が、
少しだけ勇気をくれた。
私は放課後、今度は私から体育館裏に呼び出した。
「返事、遅くなってごめんね」
「……うん」
「私も、好きだよ」
その瞬間、彼の顔が真っ赤になって、
「うわぁああああ!!」って叫んで走り出した。
私は、その背中を見ながら、
こんなに嬉しくて、照れくさくて、
幸せな気持ちになるなんて知らなかった。
好きって、たぶん、
“ちょっとだけ勇気を持った日”に生まれるものなんだと思う。