会社の屋上で、昼休みになると必ず現れる彼。誰とも話さず、ただ空を見上げているだけ。私は、その姿を、いつも遠くから眺めていた。彼の横顔は、どこか寂しげで、でも、それがかえって私の心を惹きつけた。
ある日、突然の雨に降られて、私は屋上への扉を開けた。そこには、やっぱり彼がいた。ずぶ濡れになりながら、それでも動こうとしない彼。
「…風邪ひくよ」
私がそう声をかけると、彼は、ゆっくりと私のほうを向いた。彼の瞳は、雨に濡れて、少しだけ揺れていた。
「…別に、いい」
彼の声は、雨音に紛れて、消えそうなほど小さかった。私は、何も考えずに、自分の傘を彼の頭上に差し出した。彼は、驚いたように目を見開いて、私を見つめた。
「一緒に、入ろう」
私の言葉に、彼は何も答えなかった。でも、彼は、私の傘の下に、そっと体を寄せてきた。傘は小さくて、二人で入るには窮屈だった。彼の肩が、私の肩に触れる。彼の体温が、濡れた服越しに、じんわりと伝わってくる。
雨音だけが、私たちを包んでいた。
「…なんで、俺なんかに」
彼が、ぽつりと呟いた。私は、彼の横顔を見つめた。雨粒が、彼の頬を伝って落ちていく。
「あなたが、いつも一人だから」
私の言葉に、彼の体が、少しだけ震えた。彼は、私のほうを向いて、初めて、本当に初めて、私の目をまっすぐに見た。彼の瞳は、雨に濡れて、それとも涙なのか、わからなかった。
「…俺は、誰かと一緒にいる資格なんて、ない」
彼の声は、震えていた。私は、彼の手を、そっと掴んだ。彼の手は、雨で冷たくなっていた。でも、私が握ると、少しずつ、温かくなっていく。
「そんなこと、誰が決めるの?」
私の言葉に、彼は何も言えなくて、ただ、私の手を握り返してくれた。彼の手のひらが、私の手を包み込む。その感触が、キュンと胸を締め付けた。
それから、私たちは、雨の日になると、あの屋上で会うようになった。彼は、少しずつ、自分のことを話してくれるようになった。彼が抱えていた孤独、彼が背負っていた過去、そのすべてを、私は受け止めた。
ある雨の日、彼は私を、そっと抱きしめてくれた。彼の腕の中は、とても温かかった。雨音が、私たちを優しく包んでいた。
「…もう、一人じゃない」
彼の囁きが、私の耳に届く。私は、彼の胸に顔を埋めて、ただ、彼の体温を感じていた。彼の心臓の音が、私の耳に響いてくる。その音が、私に、愛されていることを教えてくれた。
雨の日の屋上は、私たちだけの特別な場所になった。誰も来ない、雨音だけが響く、あの場所で、私たちは、お互いの孤独を溶かし合った。彼の冷たかった手のひらは、今では、いつも私を温めてくれる。雨の日が、私の一番好きな日になった。
