誰にも言えなかった、あの人との秘密の恋―本気で好きになってしまった禁断の関係

「ここだけの話、だけどさ」
そう言って笑った彼の声が、今でも耳の奥に残っている。

大学3年の夏、私は教育実習に向けて、指導教官との面談を受けていた。
その人が彼だった。年齢は10以上上、穏やかで知的で、でもどこか無防備な笑顔をする人だった。

最初は、ただの“先生と学生”。
でも、その関係は次第に曖昧になっていった。

レポートの指導のついでに入ったキャンパス裏の喫茶店。
何気ない雑談の中で、「最近の大学生ってさ」なんて言いながら、彼は自然に私の悩みを聞き出してくれて。
「無理してない?いつも頑張ってるの、ちゃんと分かってるから」

その一言で、私はふっと力が抜けた。

ある日の雨の帰り道。傘を持っていなかった私に、自分の傘を半分差し出してくれて。
歩幅を合わせながら、何も言わずに隣にいてくれた。
その距離があまりに近くて、でもどこか安心できて──
その夜、眠れなかった。

気がつけば、指導の連絡はLINEに変わり、やりとりは日常の話が中心になっていた。

「君と話すと、つい時間を忘れちゃう」
「先生って呼ばれるの、ちょっと照れるな」

きっかけは、秋の終わり。
学内で開催された講演会の帰り、一緒に歩いた並木道で、ふいに彼が立ち止まった。

「…こういうの、ダメなんだろうけど」

言葉の続きを待たずに、私は彼の気持ちを悟っていた。
そして自分の気持ちにも、もう逆らえなくなっていた。

その日から、私たちは“秘密の恋人”になった。

誰にも言えない。
友達にも、もちろん大学にも。
LINEはすぐ消せるように通知オフ、会うのは人目を避けて遠くの街。

正直、つらいこともたくさんあった。
キャンパスですれ違っても、ただの教員と学生。
その距離感がもどかしくて、何度も泣いた。

「ごめんね」
彼が言うその言葉に、私はいつも首を振った。
「私が選んだことだから、大丈夫だよ」って。

それでも、ふたりで過ごした時間は、本物だった。
映画館で手をつないだこと、海辺で撮った写真、夜景を見ながら話した将来のこと。
全部、私の中では確かな“恋”だった。

でも──春が近づく頃、彼は別れを切り出した。

「君の将来を思うと、もうこれ以上は…」

その顔が、泣きそうに見えたのは、たぶん気のせいじゃなかったと思う。

私は泣かなかった。
泣いたら、本当に終わってしまう気がしたから。

ただ、「好きでした。今も、ずっと」ってだけ伝えて、そのまま背中を向けた。
あの日の風の冷たさは、今でも覚えてる。

それから数年。
私は別の道を選び、今は社会人として忙しい日々を送っている。
けれど、ふとした瞬間に彼を思い出すことがある。
コーヒーの香り、秋の雨、誰かの使う「先生」という言葉──

人には言えない恋だった。
でも、私の中では嘘のない、真剣な気持ちだった。

後悔なんてしていない。
ただ、あのとき本気で誰かを好きになったという事実が、
今も私の中に、小さな光のように残っている。