その日、私は死んだ。
事故だった。滑りやすい道路、急ブレーキ、跳ね上がる視界。あっという間だった。
目を開けると、真っ暗な世界に、黒いスーツを着た男がいた。死神だという。
「君はもう死んでいる。でも一度だけ、“心を残さない”ための時間をあげよう。やり直しじゃない。ただの“猶予”だ。結果は変わらない。君は、再び、同じ場所で死ぬ」
私は一瞬だけ目を閉じて、それでも言った。
「……彼に、ちゃんと好きって言いたいです」
与えられたのは、たった一日。死ぬ直前の前日。
朝、目覚めた私は、自分の心臓がしっかり動いていることに驚いた。でも、時計は刻一刻と“終わり”へ進んでいた。
私は学校へ行き、彼――相原蓮(れん)を探した。彼は教室の窓際、眠そうに頬杖をついていた。
「ねえ、放課後、時間ある?」
声が震えそうだったけど、蓮は目を丸くしてから、ゆっくりうなずいた。
「……いいよ」
放課後、人気のない並木道。私は深呼吸して言った。
「ずっと、好きでした」
蓮は驚いて、それから小さく笑った。
「……本気?」
「本気。」
私は自分でも驚くほど素直だった。今日が“本当に最後”だから、全部言えた。
「だったら、今日だけ、お試しで俺の彼女になってよ」
そう言った蓮の笑顔を、私は一生忘れない。
ふたりでゲームセンターに行って、プリクラを撮った。
クレープを食べながら、歩道橋を笑って走った。
日が沈む頃には、彼の隣が“当たり前の場所”になっていた。
でも、時計は19:35を指していた。
私が本来死ぬ時間は、19:52。あと17分。
私は知っていた。死神が言っていた。「どこにいても、身体は“そこ”へ向かう」と。
蓮の家の前まで来た時、私は足を止めた。
「ここまででいい」
「送るよ」
「……ダメ。これ以上は、あなたを巻き込みたくない」
そう言って、私は背伸びをして、彼の唇にそっと口づけた。
「ありがとう。今日一日、ほんとうに嬉しかった」
蓮は何か言おうとしたけど、私は振り向かずに歩き出した。
そして、身体が勝手に動き始めた。
自分の意思とは無関係に、足が道を選ぶ。
バス通りへ、夕暮れの信号へ、滑りやすい路面へ。
19:51。
空が赤から青へ変わっていく中、私は立ち止まった。ここだ。ここで、私は死ぬんだ。
泣きたかった。でも、不思議と心は穏やかだった。
ちゃんと伝えられた。好きだって。
ちゃんと恋をした。ほんの数時間だったけど、それでも、本物だった。
19:52。
私の人生が終わった。
また真っ暗な空間で死神が私の前に現れた。
「どうでした?心を残さないは出来ましたか?」
「うん」と答えたけど、涙が勝手に流れ出てきた。
死神がすっと手を出し、私はその手を掴み、光の方へと歩いて行った。
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