大学に入ってすぐの頃、クラスの雰囲気にも人にもなかなか馴染めず、いつも同じ席でお弁当を食べていた。
そこにふと現れたのが、健太くんだった。
「ここ、座っていい?」
驚いたけれど、その声がやわらかくて、自然と「どうぞ」って言ってた。
それから、なんとなく昼休みに隣同士で過ごすようになった。
特別に仲良くなったわけじゃなくて、でもなぜか落ち着く距離感だった。
健太くんは、よく喋る人だった。
サッカーの話、バイトの話、くだらないテレビの話――
私は聞き役になることが多かったけど、その声を聞いているのは嫌じゃなかった。
時々、「ねえ、ちゃんと聞いてる?」って笑われると、
「聞いてるよ」と小さく返すのが、なんだか私たちの日常みたいになっていた。
ある日、学祭の実行委員に健太くんが入って、「一緒にやらない?」と声をかけてくれた。
私は迷った末に「うん」と頷いた。
その活動の中で、健太くんのいろんな顔を知った。
みんなに頼られてること、意外と気配り上手なこと、
誰よりもちゃんと周囲を見てるのに、それをひけらかさないこと。
どこかで、胸がふわっとあたたかくなっているのを感じていた。
でも、それが「好き」なのかどうか、私にはわからなかった。
秋になって、学祭本番の数日前。
準備を終えて一緒に帰っていたとき、健太くんが唐突に言った。
「さ、そろそろ聞いてもいい?」
「なにを?」
「俺のこと、どう思ってるかってやつ」
笑いながらそう言った健太くんは、ふざけてるようでいて、目だけはまっすぐだった。
私は――答えられなかった。
頭が真っ白になって、どう言えばいいのかわからなくなった。
だって、好きって思ったことがなかったわけじゃない。でも、言葉にした瞬間、何かが壊れそうで怖かった。
「ごめん、なんでもない」
健太くんはそれだけ言って、笑顔のまま話を変えた。
それから、ほんの少しだけ距離ができた。
昼休みも別々に食べるようになって、連絡も減っていった。
あのとき「好き」と言えばよかったのか。
それとも、あれは私の勘違いだったのか。
自分でも答えが出ないまま、季節が過ぎていった。
大学3年の春、就活の合間にふと立ち寄った中庭で、健太くんを見かけた。
ベンチに座ってアイスを食べていた彼は、私に気づいて、軽く手を振った。
「あれから元気だった?」
その一言で、胸がギュッとなった。
私は「うん」と頷くしかできなかった。
しばらく近況を話して、最後に彼が言った。
「俺ね、ずっと“好き”って言ってほしかったんじゃなくて、
ちゃんと自分の気持ちと向き合ってくれたら嬉しかったんだと思う」
その言葉が、何よりも胸に刺さった。
私はずっと、気づかないふりをしていた。
自分の中にあった“好き”を見つめるのが怖くて。
でも、遅すぎた。
その後、私たちはもう一度だけ連絡を取り合って、
「お互い頑張ろうね」と言ってそれっきりになった。
いまでも時々、ふとした瞬間に思い出す。
あの時、もっと素直になれていたら。
ちゃんと自分の気持ちと向き合っていたら。
――それって、好きだったんだよ。
やっと言葉にできるようになった頃には、彼はもう、そこにはいなかった。
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