ただ、“おはよう”って言えるだけで、嬉しかった

彼女は、二軒隣の家に住んでいた。

朝、ゴミ出しのときにすれ違う。
帰り道、玄関先で花に水をやっている姿を見る。
それだけだった。

だけど──
いつからか、目で追ってしまうようになった。

彼女はいつも、柔らかく笑ってた。
「おはようございます」って挨拶する声も、
夕暮れの光に溶ける横顔も、
まるでCMみたいに綺麗だった。

ある日、転んで足をひねった私に、
彼女は氷を持ってきてくれた。

「歩ける?送ろうか?」

ただの気遣い。
それくらいわかってるのに、
心臓がうるさくて、ちゃんと返事もできなかった。

そこからだった。
ときどき、庭先で話すようになった。

彼女は“隣の奥さん”で、
私はただの“近所の若者”。

それ以上になってはいけないと、わかっていた。

「うちの人、仕事忙しくてね」
「息子が今ちょうど反抗期で」

家庭の話をしてくれるたびに、
“自分が入り込む余地なんてない”ことを思い知らされた。

でも、想ってしまう。
笑ってほしい。
もっと話したい。
あわよくば、誰よりも近くにいたいって──

そんな気持ちが、
罪悪感と一緒に心を濁していった。

でも私は、
手も握らなかったし、
連絡先も聞かなかった。

ただ、毎朝「おはよう」と言って、
彼女が微笑み返してくれるだけで、
それだけで良かった。

ある日、彼女が言った。

「あなたと話すと、なんか元気になるの。不思議ね」

その言葉を、
私はずっとポケットの中で大事にしてる。

何もなかった恋。
でも、確かに“恋だった”。

誰にも言えない。
でも、忘れたくない。

それが、
私の“近所の奥さん”への恋でした。