隠し続けた背中の傷と彼がくれた普通

夏が来るたび、私の心には冷たい鉛のような塊が居座る。

周りの女の子たちが、背中の開いたワンピースや可愛い水着を選んで、太陽の下で笑っている。その光景を見るだけで、喉の奥がキュッと締まるような感覚になる。私にとって、夏は「いかに隠し通すか」という戦いの季節だった。

私の背中には、小学生の頃の大火傷の跡がある。 右の肩甲骨から腰にかけて、ケロイド状に盛り上がった皮膚は、どれだけ時間が経っても消えることはなかった。鏡を見るたび、自分の一部なのに、どこか異物のように感じてしまう。触れると少し硬くて、周囲の皮膚とは違う独特の質感がある。

「そんなの、気にしすぎだよ」 親友はそう言ってくれるけれど、その言葉さえ、五体満足で綺麗な肌を持つ人の無意識な暴力に感じてしまうことがあった。私のこの、引きつれたような皮膚の違和感を、あなたは知らない。服が擦れるたびに思い出す、あの時の熱さと、その後の絶望を。

だから、恋愛に対してもずっと臆病だった。 誰かと親しくなりそうになっても、最後の一線が近づくと、自分から逃げ出してしまう。この傷を見られたら、彼はどんな顔をするだろう。同情されるのも、露骨に目を逸らされるのも、どちらも耐えられない。

そんな私を変えたのは、職場の同僚だった彼、健一との出会いだった。

健一は、お世辞にも器用なタイプではない。少し無骨で、口数も少ないけれど、誰に対しても分け隔てなく接する、陽だまりのような温かさを持った人だった。 彼と一緒にいる時間は、不思議と自分の欠落を忘れられた。仕事の合間に交わす何気ない冗談や、帰り道に立ち寄ったコンビニのコーヒーの温かさ。そんな積み重ねが、私の凍りついた心を少しずつ溶かしていった。

付き合って半年が経った頃、彼が言った。 「今度の休み、温泉に行かないか。ゆっくり疲れを癒やそうよ」

その瞬間、心臓が跳ね上がった。 ついに、逃げられない時が来た。温泉、浴衣、そして二人きりの空間。 私はその夜、一睡もできなかった。彼にすべてを話して別れるか、それとも何も言わずにこのままフェードアウトするか。最低な選択肢ばかりが頭を巡った。

当日、旅館の部屋で、窓の外に広がる夕暮れを眺めながら、私は震える声で切り出した。 「健一……あのね、私、ずっと隠してたことがあるの」

彼は黙って、私の言葉を待ってくれた。 私は、背中にある火傷の跡のこと、それがどれほど自分の人生を縛ってきたか、そして、あなたに嫌われるのが怖くてたまらなかったことを、一気に吐き出した。言葉を探しながら、喉が熱くなり、視界が滲んだ。

話し終えた後、部屋には重い沈黙が流れた。 やっぱりダメだ。そう思って顔を伏せた時、温かい感触が肩に触れた。

「見せて、いいかな」

彼の声は、驚くほど穏やかだった。 私はゆっくりと、浴衣の襟を崩した。背後で彼が息を呑む音が聞こえた気がして、私はぎゅっと目を閉じた。拒絶される準備はできていた。

けれど、彼がしたのは、拒絶ではなかった。 彼の大きな、少し節くれだった指先が、私の背中の、一番大きな傷跡をなぞった。

「……熱かっただろうな」

その一言だった。 綺麗だとか、気にするなとか、そんな安っぽい慰めじゃない。彼が真っ先に感じてくれたのは、私の「痛み」だった。 指先から伝わってくる彼の体温は、私の歪んだ皮膚を通して、心の奥深くまで染み込んできた。彼は、私の傷を珍しいものを見るような目ではなく、まるで私の歴史の一部を愛おしむように、優しく、何度も撫でてくれた。

「俺はさ、この傷がある君も、ない君も、どっちも好きなんだよ。だって、これが君がこれまで一生懸命生きてきた証拠だろ?」

そう言って彼は、私の背中にそっと唇を寄せた。 その瞬間、長年私を縛り付けていた呪いが、音を立てて崩れ落ちた気がした。 私の背中は、醜い痕跡なんかじゃない。彼にとっては、愛する私の一部でしかないんだ。

それから、私の世界は少しずつ色を変えていった。 相変わらず背中を出す服は着ないけれど、鏡を見る時の嫌悪感は、以前よりずっと薄くなった。健一と過ごす日々の中で、私は「欠けている自分」ではなく、「今、ここに在る自分」を肯定できるようになった。

コンプレックスは、消えてなくなるわけじゃない。 でも、それを丸ごと受け入れてくれる誰かの存在が、その傷を「隠すべきもの」から「共有できる記憶」に変えてくれることがある。

今でも、ふとした瞬間に背中の皮膚が引きつれるような違和感を感じる。 けれど、そのたびに思い出すのは、あの夕暮れの部屋で感じた、彼の指先の確かな温もりだ。

私の傷は、彼に出会うための、必要な痛みだったのかもしれない。 今は、そう思える。