この気持ちは、秘密のままでよかったの?

「今日は会えないかも」
そのメッセージが届いた瞬間、スマホをぎゅっと握りしめてしまった。
頭ではわかってた。彼には“帰る場所”がある。わたしは、その隙間にいる存在にすぎない。

でも、会いたかった。声が聞きたかった。
週に一度の、たった数時間。カフェの裏の小道を抜けて、誰にも見られないように、そっと彼と過ごす時間。
わたしにとっては、それがすべてだった。

彼は職場の先輩。最初は相談相手だった。
話しやすくて、頼れて、気がついたらその笑顔を探していた。
でも彼は既婚者。
わたしの“好き”は、絶対に口に出してはいけないものだった。

ある日、飲み会の帰り道で、ふたりきりになった。
「送るよ」と言われて断ったけど、
彼は「心配だから」と言って、一緒に歩いてくれた。

歩道橋の上で、ふと彼が足を止めた。
「……俺さ、誰にも言ってないけど、ずっと君に救われてる」
その瞬間、世界が止まった。

「だめだってわかってる。でも、会いたいって思ってしまう」
彼の声が震えていた。
わたしは、頷くことしかできなかった。

それからは、誰にも言えない恋が始まった。
休日の午後、人気のない公園のベンチ。
見つめ合って、手を重ねて、それだけで心が満たされた。
わたしたちは、触れられる距離にいるのに、何も言えない。
愛してる。でも、言えない。

ある日、彼が言った。
「本当に好きになってしまったら、終わらせなきゃいけないのかもな」
冗談のように笑ったその表情が、今でも忘れられない。

それから数日後、彼は部署を異動した。
わたしに何も言わずに。

メッセージも、電話も、すべてが途切れた。
きっと、彼なりの“けじめ”だったんだと思う。

しばらくして、彼が新しい職場で元気にしていると噂で聞いた。
胸が痛かったけど、わたしは、何もなかった顔で日常を続けた。

それでも、たまに歩道橋を通ると、あの日の彼の声が蘇る。
「……ずっと君に救われてる」

あれは、わたしの人生における“本気の恋”だったと思う。
言えなかったけど、確かにそこにあった愛だった。
いけないことだとわかっていても、あの時間があったから、わたしは今も前を向ける。

秘密のままでよかったのか。
わからないけれど、あの日のぬくもりは、ずっと忘れない。