その日はちょっとしたミスで、家に教科書を忘れてきてしまった。
1限目の授業中、先生に「次からは気をつけなさいね」と注意されて、周りの視線が少しだけ刺さった気がして、正直落ち込んでた。
でも昼休み、教室に戻ると、自分の机の上に見慣れたカバーの教科書が置いてあった。
「……え?」
誰かが届けてくれた? でも、誰が?
席に座ると、隣の席の山口くんが何気なく言った。
「さっき、誰か届けに来てたよ。担任の先生に聞いて渡してった。背の高い男子だったけど……たぶん、あの人じゃない?」
彼が指差したのは、廊下の端で窓の外をぼんやり見ていた、同じクラスの佐伯くんだった。
彼とはほとんど話したことがなかった。席も遠いし、グループも違う。だけど、なんで私の家を知ってるの?
放課後、私は勇気を出して声をかけた。
「……教科書、届けてくれたの、佐伯くん?」
彼は少し驚いたようにこっちを向いて、でもすぐに目をそらして「うん」とだけ答えた。
「どうして……?」
「お前の家、前にプリント届けに行ったことあったから、たぶん場所わかるかなって。……それだけ」
それだけ。
でも、彼の言葉と、後ろ姿が胸の奥に残った。
誰に言われたわけでもないのに、わざわざ来てくれた。その時間も、その気持ちも、全部がなんだかあったかかった。
その日から、私は彼のことを目で追うようになった。
教室で静かにノートをとってる姿、誰かが困ってるとそっと助けに入る姿。
気づけば、私は彼のことを“知りたい”って思っていた。
あの日届けてくれたのは、教科書だけじゃなかった。
私はたぶん、彼の優しさに、恋をしたんだと思う。
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