隣に座っただけのはずだった、深夜バスで出会った彼女

年末の帰省ラッシュで、新幹線の指定席はどこも満席。
渋々深夜バスを予約した俺は、22時発のバスに乗るため、新宿のバスターミナルにいた。寒風吹きすさぶ中、人の多さと慣れない夜行バスの空気感に、ちょっと気が重かった。

指定された席は、通路を挟んだ三列シートの左側。
普通は片側に1人ずつだから、隣に誰か座ることは滅多にない。
……はずだったんだけど。

「すみません、ここ……」

声をかけてきたのは、フードをすっぽり被った小柄な女の子だった。
マスクをしていて顔はよく見えなかったけど、大きな瞳が印象的だった。

「あ、どうぞ」

彼女は軽く会釈してから、自分のリュックを膝に乗せて座った。
こっちに一言もなく、スマホを見つめたままピクリとも動かない。
正直、少し気まずかった。

でも、バスが出発して1時間、2時間と経つうちに、車内はすっかり消灯モードに。静まり返った車内に、エンジン音と時折誰かが咳をする音だけが響いていた。

ウトウトしかけた時、不意に左肩に重みを感じた。
え?と思って振り向くと、さっきの彼女が、俺の肩にもたれかかっていた。

最初は寝ぼけてるのかな、と思ったけど――

「すみません……ちょっと、寒くて……」
そのまま小さく、囁くように言った。

「寒い?ああ……上着、使う?」

俺は膝にかけてたダウンジャケットをそっと彼女の肩にかけた。

「……ありがとうございます」

その声には、なんとも言えない安心感みたいな響きがあった。
すると彼女はそのまま、ぐいっと俺の方に頭を預けるように寄ってきた。

(え、ちょっと待って、これは……)
でも、嫌じゃない。不思議と、嫌な感じが全くしない。

俺はそっと身じろぎせず、そのまま彼女が寄りかかるのを受け入れた。
たまに聞こえてくる、寝息のような呼吸音。
髪からほんのり香る柔らかい匂いに、心臓が落ち着かなくなった。

しばらくして、彼女が目を開けた。

「……すみません、変なことして。起こしました?」

「いや、大丈夫。でも……びっくりした。知らない人に寄りかかられたの初めてだし」

そう言って軽く笑うと、彼女はマスクをずらして小さく笑った。
意外だった。もっと無愛想な子かと思ってたけど、笑顔はとても柔らかい。

「こんなことするの初めてなんです。でも、なんか……隣があなたで良かったなって思って」

「へぇ、俺、そんな安心感ある?」

「あると思います。落ち着いてて、話しやすそう」

それがきっかけで、少しずつ会話を交わすようになった。
名前は千尋(ちひろ)、看護学校に通っている21歳。
バスに乗るのは久しぶりで、緊張してたらしい。

「男の人の隣って、ちょっと警戒するじゃないですか」
「まぁ、そりゃそうだろうね」
「でも、変な話……直感で、あ、大丈夫な人だって思ったんです」

そんなふうに言われて、俺はなんとなく照れてしまった。
年末の深夜、真っ暗な車内で隣り合っただけの相手に、こんなに心を開くことってあるのか?

気がつけば、時間はもう午前3時。
周囲が完全に静まる中、俺たちは小声でいろんなことを話した。

将来の夢、家族の話、今まで付き合った人のこと――
「誰にも言ってないんですけど、元カレとはちょっと嫌な別れ方をして」
「そっか。……じゃあ、いい思い出じゃないんだね」
「でも、ちゃんと話聞いてくれる人って、あんまりいなかったから。今日みたいな時間が、すごく不思議で、嬉しいです」

彼女が俺に心を許してるのがわかると、俺の方も、自然と穏やかな気持ちになった。

やがて、彼女が眠る前に一言。

「もしよければ……着いたら、連絡先だけ、交換しませんか?」
「もちろん」

そして、午前6時すぎ。
バスは目的地に到着した。

千尋は最後に、少しだけ俺の手を握った。

「また、ちゃんと会えるといいですね」
「うん。今度はバスじゃなくて、昼間のカフェとかで」

そう言って、俺たちはバスを降りた。
たった一晩の出来事。でも、なんでだろう、何日も一緒にいた気がした。

それから数日後――
「また夜中に喋りたくなっちゃいました」と、千尋からLINEが来た。

あの夜から、たぶん俺の中で、何かが少しだけ変わった気がしている。


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