駅前のロータリーで、ふと見かけた背中に心が止まった。あれ?って思って、でも結局声はかけなかった。でも、あの後ろ姿、やっぱり亮くんに似てた。
私が高校生になってから、あの地元の遊び仲間たちと少しずつ距離ができたけど、それまでは毎週のように集まって、夜の公園で喋ったり、コンビニ前でだらだらしたり、他愛のない時間を過ごしてた。
亮くんは、そのグループの中でもちょっと浮いてた。3つ年上だし、大学生で車も持ってたし、大人っぽいのに妙に子どもっぽくて、話すとふざけてばかり。でも、誰かが酔って泣いたときは、真っ先に缶コーヒー買ってきて、隣に座って黙って寄り添うような人だった。
最初は、ただの「年上のお兄さん」って感じだった。どちらかというと、私はその輪の中では一番年下で、ちょっと遠慮してたし、恋愛なんて考えたこともなかった。
でも、あの夏の夜のことがきっかけで、少しだけ変わった。
みんなで花火をやった帰り道、たまたま私と亮くんがふたりになって、夜の河川敷を歩いた。虫の音が遠くに響いてて、私はコンビニの袋を持っていて、亮くんはポケットに手を突っ込んだまま、無言で隣を歩いてた。
「高校、楽しい?」って、ぽつんと聞かれた。
「んー、まあまあかな……」って曖昧に返したら、「なんかあった?」って、ちゃんと目を見てきた。
その瞬間、不意に胸がつまった。誰かに“ちゃんと”気にかけられることが、こんなにあたたかいものだなんて知らなかった。
「なんかっていうか……自信ないだけ」
言ったあと、自分でも驚いた。そんなこと、友達にも言ったことなかったのに。
亮くんは「そっか」ってうなずいて、それ以上何も言わなかった。ただ、「自信ってさ、たまに誰かにもらうもんだと思うよ」って。あの言葉、今でも時々思い出す。
それから私は、亮くんと少しずつ話すようになった。グループで会うときでも、気づくと隣にいることが増えて、LINEも交換して、ほんとにゆっくり、少しずつ距離が縮まっていった。
「今日、あの映画観た?」って突然送られてきたLINEのスクショとか、道端で拾った四葉のクローバーの写真とか、ちょっと変な人だなって思いつつ、そういう不意打ちが嬉しかった。
ある日、夜の公園でふたりになったとき、亮くんが言った。
「……おまえのこと、最近ずっと気になるんだよね」
びっくりした。びっくりして、何も言えなかった。でも、胸の奥がじんわり熱くなって、ずっと前から自分もそうだったことに気づいた。
「年、離れてるし、俺なんか……って思ってたけど、でも……」
「……うん、私も……たぶん、好き」
そう言ったとき、亮くんはちょっとだけ笑って、「まじか」って言った。少し顔を赤くして、でもすごく安心したみたいな顔で。あの顔、忘れられない。
その日から、私たちは“付き合う”って関係になったけど、相変わらず亮くんはふざけたLINEを送ってくるし、私も相変わらず不安になる日もあった。でも、亮くんがいると、なんとなく落ち着いた。呼吸が深くなる感じ。
「大人だから、ちゃんとする」って言ってくれるけど、そういう彼の隙みたいなものに、私はいつも救われてた。
……駅前で見かけた、あの後ろ姿。違う人だったけど、それでも思い出した。
あの夜の河川敷も、手をつないだ夏祭りの帰り道も、まだちゃんと心に残ってる。
今はもう、連絡は取ってない。お互い進む道が変わって、自然に会わなくなった。でも、それでも。
「安心する」って、恋のはじまりとして、すごく素敵だったって、今なら思える。